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空っぽの缶に硬貨が投げ込まれた。
カンカンと跳ねる音に、裕也は帽子を取り頭を下げた。
「ありがとうございます」
「おう、がんばれよ兄ちゃん」
顔を上げた裕也の肩を、恰幅の良いサラリーマンがポンポンと叩いた。
きついアルコールの匂いが鼻をついたが、裕也は笑顔で応えた。
「はい、がんばります!」
「いいねぇ、若いってのは。これでなんかうまいもんでも食ってよ」
サラリーマンはさらにもう一枚の硬貨を投げ込み、千鳥足で去って行った。
裕也はギターの弦を拭きはじめた。
キュッキュと、弦とクロスの擦れる音がする。
ギターと会話しているような気持ちになるこの音が昔から好きだ。
しかし、夢であり憧れでもあった路上での演奏をするようになってからは違う。
今日も、このギターが奏でる音に誰一人足を止めてはくれなかった。
拭くたびに鳴ってはすぐに消えて行く音は、啜り泣きのようにも聞こえてくる。
ギターをケースにしまい、空を見上げた。
──なにが、がんばれだよ。
さっきのサラリーマンは、たまたま通った酔っ払いだ。
演奏なんて聞いていない。
これでは、子どものお菓子すらまともに買えない。
空き缶の中には、十円玉と五円玉が寂しそうに寄り添っているだけだ。
──もう、やめようかな。
そんなことを思いつつ、もう一度ギターケースの蓋を開けると、使い込んだ木の匂いがした。
指板に残るシミ、所々塗装の剥げたボディー、金属のツマミに至っては、元の色がわからないほど錆びている。
しかしそれを見るたびに、優しかった父の面影がよみがえる。
軽く弦を弾くと、まだまだ出せるぞと言わんばかりに、音を返してくれた。
傷だらけのボディーを振動させ、声を絞り出しているような年季の入った音だ。
そこに、病床での父の姿が重なった。
最期まで、心が踊るような話を聞かせてくれた。
弱音なんて吐いていられない。
──わかったよ。ごめんごめん、もう少しやってみるよ。
裕也はギターを抱え、メロディーを奏ではじめた。
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