影の旅人

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「上からの眺めは見飽きたくらいだし、そろそろ地上に下りてみようかな。ヒナも一緒に行く?」  誘っても、ヒナは返事をしないで、ほんの僅か首を斜め上に傾げて青い空を眺めて動く様子がない。まぁいいかと思って、ボクは白い柵を乗り越えて、道の淵の断崖に立つ。下に行きたい、と思い浮かべると、たくさんの白い板が現れて自動的に地上までの階段みたいな配置で並んだ。便利なんだけど、さすがにこの高さで手すりもないって怖いかも……。  階段の上り下りを何回か体験して、いくつかの町を見て歩いて、ボクも自分の役目に馴染んで……言い換えれば、こんな環境でも麻痺してきたって頃だった。  ボクは、その場所……ボクの大切な人達にとっての故郷……アルディア村を歩いていた。  森の中に大きな一本の道を通して、両側に家の立ち並ぶ集落。大きな田畑を作る為に森の木々を切りすぎることを避けたくて、細々とした林業と家畜で食いつなぐしかないのが大変だからって、観光業に力を入れることにした辺境の村……だったかな。  アルディア村の見どころは、「毎月に一度、趣向を変えた祭事を行って来客をもてなす」ことで、年に十二回もお祭りがある。でも、影の世界には時間の流れがないから、その「月に一度のお祭りの日」が巡ってこないんだ。お祭りのないアルディア村なんて、静かなだけの辺境の村でしかない……。  コウに報告するほどじゃないかなと思って黙ってるんだけど、どの街に行っても、これに近い問題は常々感じるんだよね……。見た目は元の街と同じなのかもしれないけど、肝心な何かが足りてないような。  体がなくて、魂しかないヒナとは真逆。体だけあって、魂がないような。そんな印象。  せっかくあちこち旅をしても、特別楽しいことがあるわけじゃなし。今回もこんな感じかぁ……不意に襲ってきた虚しさをやり過ごしたくて、道の真ん中で足を止めた。何の気なしに、目の前にあった一軒の家を見上げる。  ちょうど、二階の窓からこっちを見下ろしていたらしい住人の男性と、ばっちり目が合ってしまった。別にやましいことをしていたわけじゃないんだけど、空き巣の下調べをしてる泥棒みたいな気分になっちゃって、慌てて彼の視界から離れることにする。 「あ~、びっくりしたぁ」  その家から離れた適当な民家の物陰に身を潜ませて、気持ちを落ち着かせようとしていたら……さっきの男性が家から飛び出して、森の奥へ小走りに駆けていくのが見えた。
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