影の旅人

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 なんだろう……影の世界にいる人は、ああいう、明確な意思を感じさせる行動ってそんなに見せないんだよね。時の止まった世界で、衣食住も、老病生死も心配なく、大切な人との別れもない。一切の悩みから解放された世界。それが、コウが作りたかった死後の世界の在り方で、そこに不満を感じる人もなく、誰もが穏やかに過ごしてるから。 『……あいつは、フウ・ハセザワ』  ボクの疑問を受けて、コウがどこかから答えをくれた。フウのことだけでなく、ボク自身のかねてからの疑問も、それでいくらか解消された。フウはボクと同じで、二十歳で神罰を受けてしまう運命に生まれていて……コウは、ボク達みたいなのが神罰を受けた後も安らかに過ごせる世界が欲しかったんだって。  でも、「コウがフウにとって良いと思って作った世界」は、フウにとっては必ずしも納得いく場所じゃなかった。お祭りのないアルディア村みたいな致命的な違和感を、フウは見過ごせる性格じゃなかったんだ。この世界の実態がわからなくて戸惑うフウが気の毒に見えて、ボクは彼に声をかけた。「ボクと一緒に来る?」って。  フウは迷いなく、コウが彼のために作った故郷を放棄して、ボクと共に旅立つって即決しちゃったのだった。  フウと一緒になってからは、ボクが今までみたいに何か報告しようとしても、コウは返事をしなくなった。本人に直接聞けたわけじゃないから想像でしかないんだけど、なんとなく……フウの心だけは、神の力で覗き見るようなことをしたくなかったんじゃないかな。  コウの神としての役目は、この世の全ての人の心を安息に導くことで、その目で見守る人々の心まで見通してしまう。ボクみたいな直接会ったこともない赤の他人の心が見えてしまうのは、コウも慣れてるっていうか、諦めにも近い感情があったんだろう。けど、フウはこの世でたったひとり、血の繋がった本当の弟だったから。そのフウが、自分をどう思っているのか。本心を見てしまうのが怖かったのかもしれない。  そういうわけで、ボクはヒナとフウと一緒に、この世界の終わりを目指して旅をしてきた。その時間、実に七百年。影の世界の中では時間の経過がない。その感覚もない。外の世界みたいに衣食住の継続のために頑張る必要もないから気楽にやれる。何より、ひとりぼっちじゃなかったし、それが「終わり」とはいえ目指す到達点もあったからどうにか堪えられたんだけど……そのどれかひとつでも欠けてたとしたら、どうだったかなぁ。
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