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グラスロードの目覚め
冷たくて力強い風に吹き当てられる感覚に、ボクの意識は覚醒した。身を起こすと、風に押された前髪の先が目の中に入ってしまいそうで、目元をこすってかゆみを除いて髪を押さえる。
こんな風を感じたのは、いつ以来だろう。影の世界の風はいつも穏やかで、不快を感じない程度の温もりさえはらんでいたから……。
「……起きたか」
すぐ隣から声がしたので横へ目をやると、黒髪黒目に黒い着物、目の下に真っ黒な隈が浮いている……失礼かもだけど、「陰を体現したみたいな」若い男性が膝を抱えて座っていた。なんだかげっそりしたというか、絶望に打ちひしがれている感じがひしひしと伝わってくる。
ボク達がいるのは何の変哲もない草の地面……いや、手を伸ばせば海水に触れられそうな海岸線にいるんだ。ボクは知識としてしか知らないんだけど、風が強いのは海のそばだから?
「ここは……」
「わからないか? 外の世界だよ……グラスロードはグラスブルーに一番近い場所って、こういう意味だったんだな」
「いやいや、ひとりで納得してないでさ。ボクには何が何だかわからないよ。外の世界に出られたってこと? なんでそうなったのかを教えてくれないと」
「あっち」
重怠そうに腕を持ち上げた彼は、全く力が入らず弛緩した人差し指を天に向けて、どこかを示す。ボクはその方向を探して視線を上へ巡らせていく。
中空、遥か高くに、小島のような地面の断面が浮かんでいる。少し曇りがちな空模様の中、上空の強い風に吹かれて黒い雲が絶えず流されていて、雲の切れ目からちらちらと星々が地上を覗いている。
「あれは?」
「ああ……そういやノアって、グラスブルー見たことないか」
そりゃそうだ、自分がその中にいたんだから。なんて、対話してる相手がすぐ傍らにいるっていうのに独り言めいた言い方をする。なんだかなぁ。会話するの好きじゃないのか苦手なのか、どっちかな。
見たことはないけど、グラスブルーっていうのが何なのかは知ってる。僅かな時間ではあったけどボクも生まれてから十九歳までは人として地上で暮らしていたから、その時に噂話として。影の世界でもそこにいる人達との世間話で聞くことがあったから。
世界の中心で、世界で最大の魔力だまり。亡くなった神竜様がそこに集うことでその魔力は年を重ねる毎に更に強まっていく。「そこに辿り着けばどんな願いでも叶う」なんて、何の根拠もない伝承が人々に囁かれ続けていた。本当に叶う保証もないっていうのに、グラスブルーを手に入れたい勢力同士で戦争になったことも何度もあるって聞いた。
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