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第二部 第1話 少女は今日も溺愛されている
柔らかな春の日差しが差し込む中、レオンハルトの執務室のソファでは彼のほかにもう一人ソファに座る者がいた。
彼女はレオンハルトの妻であるコルネリアだったが、どうにも様子がおかしい。
「コルネリア、これは一体どういうことだい?」
「特になにも」
そう、二人は同じソファに横に並んで座っているのだが、一定の距離を保ったいわゆる親しい者が座る距離ではなく、明らかに距離が離れている。
二人の間は人一人分離れており、なぜ自分がここまで避けられるような扱いを受けているのか、レオンハルトにはわからなかった。
レオンハルトは少々思案した後、そーっと彼女のほうへと近寄ってみる。
だが、今度は同じだけコルネリアが反対のほうへと座る位置をずらす。
(あれ? 昨晩好きだと言われたのは、嘘だったのか?)
そう、昨晩ルセック伯爵への裁きを終えた二人は帰ってきてこの部屋にいた。
その際にお互いの想いを伝え合って、両想いになった……というのがレオンハルトの認識だった。
だが、もしかして自分の考えが間違っているのか?と、そう思うほどに今日のコルネリアの様子はおかしい。
「コルネリア」
「はい」
『僕のこと好き?』と聞こうとしたのだが、それで『いいえ』と万一にも言われてしまってはもうレオンハルトは立ち直れない。
それで彼はなんでもない会話に移行してしまう。
「今日はいい天気だね」
「そうですね」
「この前貸した本の新刊が入ったんだ、よかったら読むかい?」
「ありがとうございます、読ませていただきます」
「……」
「……」
レオンハルトはどうしていいかわからずにこめかみ辺りをかいて彼女の様子をちらっとみては紅茶を飲む。
(ああ、両想いになれたのは幻想だったのか?)
新月の奇跡、いや幻だったのかもしれないと彼は思った。
しかしいろいろ考えていると、なんとなくコルネリアの行動にひっかかりを覚える。
(ん? 嫌いならこの部屋にそもそも来ないか)
そうなのだ、レオンハルトのことを嫌っているのであればそもそもこの部屋に来るという選択肢を取らないであろう。
では、彼女がここに訪れて、そして無言でソファにいる理由はなんだ。
考えられる行動の理由は一つしかなかった──
(好き避け……?)
どうも今までの彼女の傾向からしてそうなのではないかと思う。
いつもより飲むペースの早い紅茶、そしてよく見るとチラチラとこちらを見ては目を逸らす仕草。
おそらくこれは……。
レオンハルトは安心したように一息つくと、一気に彼女との距離を詰める。
「──っ!!!」
案の定彼女は嫌がる表情ではなく、顔を真っ赤にして恥ずかしそうな顔を見せた。
そうなれば、もうレオンハルトの独壇場。
「コルネリア、好きだよ」
「──っ!! い、いきなりなにを……!」
「だって、好きだから。それに夫婦で愛を囁き合ってもおかしくないだろう」
「今は昼間です」
「夜ならいいのかい?」
「──っ!!」
墓穴を掘ったというように耳まで真っ赤にして唇を噛みながら、言い返せないコルネリアを楽しそうに攻めるレオンハルト。
コルネリアの頬に手を添えてそっと撫でて耳元で囁く。
「そろそろ寝所を一緒にしない?」
「し、しません!」
「え~」
子供の姿の新月はとっくに過ぎたのに、子供のように不貞腐れた表情を浮かべるレオンハルトを自分から引きはがそうとする。
でも男の人の力に抗えるわけもなく、彼に腕を掴まれた。
「コルネリア」
「はい……」
「大好き、僕の奥さん……」
「ありがとう、ございます……」
嫌われたわけではなかったことに安堵して、そしてさらにレオンハルトの愛は加速する。
(もう、遠慮しないからね)
そう言って彼はコルネリアの頭を優しくなでて、そっと唇を寄せた──
そしてレオンハルトに異変が起こったのはその数日後だった。
「レオンハルト様っ!!」
コルネリアがドアを開けて勢いよく部屋に入って来る。
彼女の視線の先にはベッドに苦しそうにしながら横たわるレオンハルトの姿があった。
「コルネリア様」
「テレーゼ、様子は?」
「今朝、執務室で急に倒れられて、そのまま高熱で……」
「お医者様の到着は?」
「もうすぐです」
しばらくして医師が到着して診察をしたのだが、病気の類ではなさそうということであった。
そしてよく見ると、胸のあたりに何か禍々しい跡があり、それが何か影響しているのではないかとのことだった。
「呪詛の類かもしれません」
「じゅそ……?」
「呪いです」
「──っ!!」
コルネリアの目の前は真っ暗になって、そして力なく床に座り込む。
テレーゼの声が遠くの方で聞こえたが、コルネリアの意識には届かなかった──
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