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11、不思議なフシギな儀式
圧倒的武力を誇る東京相手に、見事圧勝したレジスタンス。少年から老人まで高揚し、歓喜の声を響かせた。
しかし熱狂が冷めるにつれ、彼らは気付くのである。故郷は破壊し尽くされた後なのだと。
「あぁ、こんな時に久慈瀑布を眺めながら、1杯やれたらなぁ」
「久慈川のアユを肴にしてさぁ。言った所で仕方ねぇけどよ」
戦勝の喜びが消えれば、喪失感が忍び寄る。彼らは確かに自由を取り戻した。今後は、どれだけ故郷を愛でようが、咎められる事もない。
しかし、あまりにも遅すぎた。瀑布は涸れ、久慈川は乾燥剤の堰(せき)で潰された。アユも全てが死滅しており、リンゴの木など見る影もない。
彼らに残されたのは、消費しきれない膨大なタピオカだけである。
「ジアン、ちょっと良いか?」
見かねたコウタが話しかけた。ジアンは空堀に腰掛けつつ、リストを片手に熟考する最中だった。
「どうした? 今は選別中なんだが」
「選別って何の?」
「兵を募ると言ったろ。これからは遠征軍だ。だから子供や年寄まで連れていけない。健脚な若者だけに絞らなくちゃならん」
「となると、だいぶ限られてくるな」
「そうでもない。この大勝利で街全体が協力してくれるようになった。おかげで、50人もの軍を組織できそうだ」
「すげぇ……。だいぶ大所帯になるな」
コウタは改めて周囲を眺めた。確かに、麓の方から続々と人が訪れ、この大戦果を称えてくれる。
しかし荒廃しているのだ。そんな故郷を後にして、茨城を転戦する大子兵の胸中はどうか。未熟なコウタに、その重さは計り知れない。
「ジアン。出立はしばらく見送ろう。せめて大子の再建が軌道に乗るまでは」
「ふむ……。戦略から言えば、速攻であるべきだがな。茨城全域で防衛体制が整う前に、暴れ回った方が良い」
「オレ達は暴れる為に動いたんじゃない。茨城を解放して、故郷を愛する為だ。この状況を見捨てて行けるかよ」
「一理ある。良いだろう。お前さんが言うなら従うよ」
「恩に着る」
「それはこっちのセリフさ。コウタの親御さんを助けたがってたろ。だから焦りまくって、強行軍になると見込んでた。そうなれば、オレは落ち着かせようと考えてたよ」
「確かにオヤジ達は心配だけどさ。あの落胆ぶりを見たら放っておけねぇよ」
2人は、今も砦内をさまよう人々に目を向けた。力なく天を仰ぎ見る、あるいは肩を抱き合ってさめざめと泣く。およそ、勝者には程遠い姿ばかり。
出立を見送ったコウタ達だが、ただ残れば良い訳でもない。消失してしまった名所や名産品を、どのようして復活させるか、そもそも蘇るのか。分からぬ事ばかりである。
「ねぇコウタ君、ジアンさん。ちょっと良いかな?」
砦の内部からツムギが現れた。隣にはミキの姿もある。
「どうしたツムギ。何か用か?」
「ミキさんが、だね。私はお手伝いしただけだから」
「坊や、それにジアン。今しがた終わったよ。砦の備蓄品チェック」
ジアンは目敏くも、次の一手を見据えて行動していた。意外と抜け目がない男である。成果はというと、ミキの表情から察せられた。
「ごくろうさん。結果は?」
「保存食がおよそ半年分。当面は食い物に困らなそうだ。他には傘やら鉄砲やらの武器がズラリ」
「なるほどな。万が一、東京が侵攻して来た場合は役に立ちそうだ」
「それからこんな物も見つかってる」
ミキが大きな麻袋を解いて、中身を披露した。黒光りするボディ。見惚れるほどに美しい球体、小洒落たチョンマゲのように一本の綱がピョンと突き出る。
「それ、爆弾じゃねぇか!」
「そうだよ。使えそうだろ?」
「そんな危ないもん、何に使う気だ!」
「久慈川だよ。乾燥剤を吹き飛ばしちまえば、河を堰き止めてるモンが邪魔なだけだろ?」
「確かに……ッ!」
コウタ達は一度納得しかけた。しかし、活用法を想像しては背筋を凍らせてしまう。
「オレはやらないからな」
「即答じゃん、坊や。アタシはまだ何も言ってないけど?」
「どうせオレに点火させて、堰をブッ壊させようってんだろ?」
「まぁ、うん。そんなとこだよ」
「出来るわけねぇだろ! 人を何だと思ってやがる!」
「ミトッポ様なら、爆発にも堪えられっかなと思ってさ。東京モンすら恐れをなす怪物なんだし」
「無神経! 扱いが雑すぎるだろ!」
「そうだよミキさん! これ以上コウタ君に危ないことさせないで!」
久慈川の回復には、堰を壊せば良い。それは分かっているが、手段が見つからないのだ。工具で壊す、爆発させると、案が出るには出る。いずれも作業者に多大なる危険が伴うので、現実的とは言えなかった。
そうして青空会議が紛糾していると、ゆったりとした老婆の声が割り込んできた。
「どうしたんだいミキちゃん、そんな大騒ぎしてよぉ」
「タネさん。ちょっと揉めててさ。久慈川の堰を壊す方法について打ち合わせてんだ。アタシは爆弾でブッ壊すのが良いと思うんだけど」
「爆弾……ふぅん。なるほどねぇ。導火線がチビッとしかねぇんじゃ、逃げる暇も無いだろうよ」
「そうなんだけどね。それさえクリア出来たら楽なんだよ」
「ちょっと待ってな。良いもんがあるよ」
タネは連れ合いの老人、彼女の息子に声を掛けた。すると、彼は胸元から紙の束を差し出した。
「それは?」
「油紙だよ。ほれ、オレんちは元々、常陸大宮の出でよ。あそこは昔から紙を造ってんだ。これもご先祖様が遺したヤツだよ」
「確かに立派というか、歴史を感じるけど。これでどうすんのさ?」
「こうすんだよ」
タネは手早く紙を捻って細長い紐状にすると、端を導火線に括り付けた。
「ほれ。これで線が延びるだろ? あとは何枚も何枚も繋げてよぉ」
「あっ……。導火線が長くなるから、安全に点火出来る!」
「それだ!」
それは年の功より賜る名案だった。善は急げ。手分けして導火線を長く長く伸ばし、やがて何十メートルもの全長にまでなる。
「これで爆破出来そうだな。行こう、久慈川に!」
コウタの言葉に皆が賛同する。そして、現場へと急行した。コウタを始めとした主要メンバーに加え、数名の大子民も追随した。
「設置、完了したぞ!」
堰の側でコウタが叫ぶ。それからは、切り立った崖をよじ登り、皆の元へと戻った。後は火を点けるだけで良い。
「じゃあいくぞ。点火!」
ジアンが私物のライターで導火線に火を点けた。すると油紙は順調に燃え上がり、先へ先へと炎を伝えていく。久慈川の、大子の命運を左右する希望の光である。
「頼む。上手く燃えてくれ!」
コウタは祈るしか無い。隣のツムギも、ジアンやミキも同じ心境である。今はただ、成功を信じて見守るのみだ。
やがて紙は燃え続け、本来の導火線まで至る。そちらにも引火して、遂には爆弾本体にまで届いた。
シュン。
しかし、腑抜けた音を鳴らして炎は消えた。静けさは、絶望を伴って辺りに充満した。
「もしかして、失敗したのか……?」
コウタが崖の上から覗こうとした、まさにその時だ。肌が焼けかねない爆風を味わった。
ボカーン。
立ち昇る火焔に黒煙。撒き散る砂利、破片。爆破は成功したのだ。
「あっつう……マジでびびったぞ……」
「コウタ君、平気? 怪我してない?」
「大丈夫だ。花火と爆弾は、迂闊に覗いちゃ危ないんだな……。それより久慈川は?」
「安心して。上手くいったよ……。河は蘇ったんだよ!」
改めて覗き込むと、そこに堰は無かった。今は水量豊かな久慈川が、自身の存在を知らしめるかのように、猛々しいまでの流れを生み出していた。
蘇った。しかし、元通りになったとは、誰も言わなかった。皆で緩やかな斜面を降り、河原へ来たのだが、またもや落胆させられる。
「やっぱり居ねぇよな。アユは……」
ミキは履物を脱いで河の中へ。美しくも雄大な久慈川は、見た目こそ以前と変わらない。しかし、有るべきものは絶滅した後だった。
一度は涸れた河である。かつての生態系など、欠片すらも残されていない。いかに清水が流れ込もうとも、毀損された財産は戻らないのだ。
また10年20年と長い年月をかけて、培うしかなかった。
「ミキちゃん、それと他の皆。ありがとうよ。まさかオレが生きてる内に、この光景を拝めるなんて思いもしなかったべよ」
「タネばあさん……。アタシ、悔しいよ。せっかく東京の奴らを追い出したっていうのに。こんな事って……!」
「仕方ねぇ。これも運命だと思って割り切るべ」
心が震え、頬は涙で湿る。無力だ。もはや、人間ごときに出来る事などない。それこそミトッポの力をもってしても、不可能であった。
拭いきれない喪失感が漂う中、少し、調子外れの声が響いた。どこかノンキで、この場にはそぐわない温度感である。
「よかっぺぇ、よかっぺよ〜〜」
「ツムギ。急に何を言い出すんだよ。場をわきまえろ」
「ごめんね。でも河を見てたら、何だか止まらなくなって。だいじだぁ、だいじだぁよ〜〜」
ツムギは続けて、揃えた両手を上に下に。ダンスと言うより、舞いに近い。複雑な動作は無く、見よう見まねでコピーできそうである。
「よかっぺぇ、よかっぺよ〜〜」
知らない唄である。しかし、耳にする内に、不思議と胸が高揚していくのだ。気づけばコウタも唄いだし、動きも真似てしまう。
「だいじだぁ、だいじだぁよ〜〜」
いつしかジアンも続く。そしてミキも、タネも、レジスタンスの面々も。
「よかっぺぇ、よかっぺぇよ〜〜」
「あーーヨイショ」
「だいじだぁ、だいじだぁよ〜〜」
「あーーソレソレ」
成り行き任せであったが、自然と輪が出来上がった。中心にツムギが立ち、他のものが周囲を周りながら唄い、踊る。
もはや喪失感など無い。彼らの胸に宿るのは喜びである。右も左も微笑みが並び、額の汗を煌めかせた。
やがて宴もたけなわという頃。更なる異変が起きた。何の前触れもなくツムギの身体が光に包まれたのだ。
「えっ、何これ!」
「大丈夫かツムギ!?」
「う、うん。嫌な感じはしないよ! むしろ、懐かしいような……。あっ!」
ツムギが宿す輝きは、やはり前触れもなく消えた。代わりに彼女の頭上に眩い光球が出現。
それは綿毛のように、フワリふわりと漂いだす。そして久慈川の中へ音もなく落ちて、消えた。かと思いきや、落下地点からは猛然と光の柱が飛び出し、天まで貫いた。
まさしく超常現象。思わず夢や幻と疑いたくなるが、空をたゆたう雲が砕けた事が否定し、宣言する。これは現実であるのだと。
「何だったんだ、今のは」
誰かが、答えのない疑問を口にした。時を同じくして、河の水面に波紋が生じた。ミキが驚いて顔を向けると、喉が裂けんばかりに声をあげた。
「魚だ! アユだ! たくさん、たくさん居るよ!」
「何だって!?」
ジアンも、レジスタンス達も驚きを隠さず駆け寄った。そして、今度は感涙を流してむせび泣いた。タネも河には入らず、水辺で両手を合わせて拝み続けた。
今ひとつ喜べないのは、コウタ達だ。特に当事者のツムギは、笑顔ではあるものの、かなり引きつっている。
「ねぇコウタ君」
「なんだよツムギ」
「私って、何をやらかしたのかな?」
「オレに聞かれてもな」
「そうだよね。うん」
「でも、良かったんじゃねぇの。喜んでるし」
「そうだよね。うん。良いことをしたんだよね」
困惑に囚われた2人だが、考えても無駄である。結局は河に足を踏み入れ、命の手触りを感じようとした。
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