芝居

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 そんな話をした所で、彼女が今回の映画を仕事のひとつだとしか考えていなければ、俺の話は無意味だった。それでも、俺は続けた。 「台詞の中から、自分の中にある感情を引っ張り出せ。記憶でいい。経験でもいい。そうするだけで、何か自分の中から出て来た言葉になる」  俺は例のベテラン監督が言っていた言葉を、そのまま伝えた。 「……ありがとう」  彩はひとつ頷いて、演技に戻った。  切り返しのカットでは余り変化は無かったが、その後喧嘩になっていくシーンから徐々に芝居らしくなってきたのが俺にも分かった。  昼飯の後トイレに行く時に、竹原が「何か彩ちゃんに言った?」と訊いて来た。 「いや、何も。座長なんだから、ぐだぐだやってるとテッペン超えるからな、とは威した」  竹原は「そっか」と訝しげだったが、きっと気づいているに違いなかった。  六月ジューンの入りはその日の夕方だった。途端に現場が華やいだ賑やかさに包まれるのは、この女の天性の気質によるものだ。場数も多いから、大抵のスタッフ、脇役達とは顔馴染みだ。威勢のいい声に、自然と皆も笑顔になる。
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