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「僕がメイクを練習して、カナコちゃんにしてあげられたらなって思ってたんだけど……。ほら、キレイになる方法ってダイエットだけじゃないでしょ?」
自分がここに来た時、初めて打ち明けた悩み。今になってそれを忘れてしまっていたことに気づく。カナコは首を横に振った。
「もう、それはいいです。あ! ダイエットは続けます、将来の自分のために」
ミナトとネコ、両方の顔を見つめる。カナコの満ち足りた表情を見て、二人は頷く。ミナトはもう片方の瞼のメイクも落としていく。
「うまくいったみたいだな、バスケ部の方は」
「おかげさまで。でも、私、キレイになるより、バスケの方を頑張りたい!」
堂々としたカナコ。ここに来たばかりのころの、不安そうな姿はもうない。
「二人にはちゃんとお礼を言っていなかったから……本当に、ありがとうございました」
「ううん、僕こそありがとう。最後の相談者がカナコちゃんで良かった」
最後、という言葉にカナコははっと気づく。ミナトは一つ上の三年生。もうすぐこの原っぱ中を卒業しまう。卒業式はもうすぐで、その間に新月はもうやってこない。そうか、自分が最後だったんだ。頼りにしていたミナトが卒業してしまうことに寂しさを覚えると同時に、カナコには疑問が残った。
それは、相談倶楽部の今後について。ここのところずっと相談倶楽部に出入りしていたけれど、ミナト以外の部員は見たことがない。もしかしたら、ミナトが卒業したらこの相談倶楽部もなくなってしまうのかもしれない。カナコに寂しさが募る。
ミナトは口を開く。
「僕たち、練習試合をちょっと覗き見してたんだ。カナコちゃんがシュートを打った時、本当に感動した。あんなに力強く立ち向かうことができるカナコちゃんなら、相談倶楽部を安心して任せることができるよ」
カナコの頭の上にハテナマークが浮かんだ。ミナトは困惑しているカナコを見て、きょとんと眼を丸める。そしてすぐに慌てだした。
「もしかして僕、話してない? 放課後猫又相談倶楽部規則、第十条」
ブンブンと激しく首を横に振るカナコ。ネコの尻尾は「あちゃー」と言わんばかりにうなだれる。もちろん二本とも。
「第十条、次期部長は部員内から選出すること。――但し、部員が1名しかおらずその部員が卒業するときは、最後に相談にやってきた者を部長に任命する。そういうことだから、春からはカナコちゃんが相談倶楽部の部長なんだ」
「そんな大事なこと、どうして話すの忘れちゃうんですか?」
思わず声を荒げてしまう。でもミナトもネコも「忘れてしまったものは仕方ない」と頷いている。愕然としているのはカナコだけ。
「まあ、これからもよろしく頼むよ、カナコ」
ネコがカナコに近づき、尻尾を立てる。仕方がないという諦めと、やりたくないという気持ちが混じりあう。でも、とカナコは思う。自分みたいな子を最後に受け止める、ここみたいな場所は守らなきゃいけないんだ。カナコはしゃがみ込み、ピンッと立ったネコの尻尾にタッチをした。カナコの顔が緩んだのを見て、ミナトはほっと胸をなでおろす。放課後猫又相談倶楽部が彼女の手によって守られていくという安心感が身を包む。
「でも、ネコって相談者に対しては優しいけれど、部員にはスパルタだから。もし何か困ったことがあればいつでも僕に相談してね」
「え?」
カナコが怯えるような声を出す。
「子どもの成長を見守りたいなんて言うけど、一番成長してほしいのが相談倶楽部の部員だから、あえて厳しく接するんだって、去年の今頃、僕も前の部長から聞いたんだ」
「ふふっ。獅子は我が子を千尋の谷に落とす、ってね」
「……獅子じゃなくて、猫じゃん」
カナコのぼそっとした呟きに、ミナトとネコが吹き出して笑う。それを見て、カナコもぎこちなく口角を上げた。まだ不安は胸に残っている。でも、とカナコは手のひらを見た。ネコとハイタッチをして、そのふわっと温かい毛先に触れた時、カナコはシュートを決めた時のことを思い出した。
そっか。混じりあっていた二つの気持ちが、パッと花火みたいにはじけ飛んで行く。ここもバスケ部と同じ。私の居場所になったんだ。手をぎゅっと握り、笑いあうミナトとネコの輪に加わった。
カナコのシュートを生み出す手。そこには今、新たに決意と使命感も握られていた。
-*- fin -*-
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