放課後猫又相談倶楽部

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 ネコはミナトにそう尋ねる。 「ダイエットやメイクで【キレイ】になることが、カナコちゃんの学校生活のためになるのかなって疑問に思ったんだ。今の話と、バスケ部の部員から聞いた話を合わせて考えると違うような気がして」  ミナトは自分の胸に手を当てる。 「カナコちゃんにとって、バスケ部は大切な居場所だったんじゃないかな?」  心から安らげて、のびのびとできて、自分が自分らしくいることのできる大切な場所。大人だって子どもだって猫だって、自分の居場所がなかったら心を守る事はできない。  その居場所は、人によって違う。家、教室や中庭、友達の隣。もしかしたら、物語や漫画の世界の中かもしれない。  カナコにとってのそれはバスケ部だったのではないか。 「僕はカナコちゃんに、大切な居場所を失くしてほしくないんだ。彼女が一番、彼女らしくいられる場所を」  その大切さを、ミナトは身をもって実感している。それをネコもよく知っているから、口を固く閉ざして何も言わなかった。 「それに、カナコちゃんは僕にとって最後の相談者だ。猫又相談倶楽部のためにも、このまま終わらせることなんてしないよ。カナコちゃんにとっても僕にとっても、最高の結末にしないと」  ミナトも鞄を持って理科実験室を飛び出す。ネコは頷き、その背中を追った。彼が猫又相談倶楽部に初めてやってきた時から一年経った。ミナトの相談員ぶりを見守り、時にはきつく指導したこともあったけれど、その背中は月が欠けるたびに頼もしくなっていく。でも今は、その成長を喜んでいる場合ではない。カナコの居場所を守ることが、自分に課せられた使命のひとつなのだから。  学校を飛び出していったカナコは、自分の家の近くにある公園のベンチに座っていた。相談しに行った晩は寒かったけれど、もう春がすぐそこまで来ているみたいにほんのりと暖かい。手にはコンビニで買ったポテトチップス。最近、食事も節制続き。こんなお菓子を食べる機会もなかった。でも、もういい。ダイエットも相談倶楽部もバスケ部も、全部おしまいにしてしまおう。そう思って袋を破ろうとしたとき、突風のような何かが突き抜けていった。その勢いに思わず目を閉じてしまう。再び目を開いたとき、持っていたはずのポテトチップスの袋がなくなっていた。 「せっかくダイエットも順調なのに!」  目の前でシャーっとネコが牙を見せてカナコを威嚇する。ネコは前足でその袋を踏みつけていた。 「返してよ、泥棒猫!」 「人聞きの悪いことを言うな! こんなものを食べたらダメだろう。成果だってでてきたのに」  ネコはポテトチップスの袋を咥えて、あっという間に木の上に登って行ってしまう。身長が高めなカナコがどれだけ背伸びをしても届かない。 「今まで頑張ってきたことを台無しにしてはいけない、カナコ」 「ダイエットなんてもうどうだっていい! こんな風に口出ししてくるなら、相談倶楽部になんか行かなきゃよかった」 「それだけじゃない。バスケ部の事もだよ!」  カナコの手が止まる。公園にミナトも駆け込んできた。学校からここまで走ってきたに違いない。息も上がっていて、苦しそうに胸を押さえている。 「やっぱり、カナコちゃんってすごいや。僕なんてちょっと走っただけでこうなのに」  ミナトの笑い方は今日も柔らかい。 「ジョギングしても、こんなに息が切れることないもんね。カナコちゃんが今まで頑張ってバスケ続けてきた成果だよ」  優しい言葉をかけてくれるミナト。カナコはもう自分の相談の事だって忘れてほしいとすら思っていた。これ以上自分の弱点を彼らに見せ続けるのは恥ずかしくて仕方ない。 「辞めるかどうかを決めるのはカナコちゃん次第だ。でもその前に、僕の話、聞いてもらっていい?」  ミナトはそう言ってカナコがさっきまで座っていたベンチに腰掛ける。木の上からはネコが威嚇していて、逃げようものなら今にも飛び掛かってくるかもしれない。カナコも仕方なく少し距離を保って隣に座った。 「エリナちゃんって知ってる?」 「バスケ部の先輩です。前の部長で……」  どうしてミナトがエリナのことを知っているんだろう? カナコが不思議に思うと「クラスが一緒なんだ」とミナトが付け加えた。 「さっき体育館に行ったとき、エリナちゃんにいろいろ教えてもらったんだよ、君のこと。彼女、すごくカナコちゃんのことを褒めていたよ」  カナコは信じられないと言うように首を横に振る。ミナトはエリナの言葉を振り返る。 「確かに、カナコちゃんは太っているように見える。でも、」  その言葉にカナコは軽いショックを受けた。やっぱり、ミナトにも自分はデブに見えていたんだと思うと悲しくなってくる。けれどミナトはそれに気づかず話を続けた。どうしてもカナコに聞いてもらいたいことがあったから。 「でもね、体格がいいから、他の誰よりも体幹が強くて走っていても体の軸がブレたり、相手が当たってきても負けたりしない強さがあるって」  そんなこと初めて言われた。小さな衝撃が続け様にカナコに押し寄せてくる。 「それに、今のメンバーの中で一番得点が取れるのはカナコちゃんだって。スリーポイントシュート、すごく得意なんでしょ?」 「すごくっていうまではいかないけど、ちょっとだけなら……」  カナコは、ミナトの言葉を弱弱しく打ち消そうとする。 「エリナちゃんより上手だって言っていたよ、彼女。だから相手チームにマークされるんじゃないかな? カナコちゃんが、相手にとっての脅威なんだと僕は思うよ」
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