放課後猫又相談倶楽部

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 考えたことなかった。また首を横に振ると、ミナトはまっすぐ前を向いた。 「カナコちゃんは自分のことをネガティブな視線で見すぎなんだよ。自分が見つけていないだけで、君にはいいとこがいっぱいある。他の子はカナコちゃんのいいところをいっぱい知っているし、君に戻ってきてほしいって思っている部員は多いんだよ」  ネコが木の上から降りてきた。ポテトチップスはミナトに渡して、またカナコの膝に乗る。暖かい。ネコの体も、ミナトの言葉も。 「カナコちゃんにとって、バスケ部ってどんな場所だった?」 「……え?」 「苦しくて辛いだけの場所だったかな?」  目を閉じて、カナコはバスケ部のことを想像する。ひどいことを言われたけれど、それ以外は楽しくて笑っている時間の方が長かったこと。バスケを通じて、新しい友達を作ることができた。シュートを入れるたびに足元から自信がこみあげてきて、もっと遠くから決めてみたいと思って練習を続けた日々。目を開けると、夕暮れのオレンジ色の光がベンチに座るカナコたちを照らしていた。二人と一匹の影が長く伸びていく。自分が理想としているほっそりとした姿が、影となって表れた。でも、その隣にいつも一緒にいたボールはいない。 「……僕はね、自分の居場所を見つけることができなくて、悩んで、それで相談倶楽部のドアを開けたんだ」  カナコは横に座るミナトを見つめた。  彼は初め、相談倶楽部の部員じゃなくて、相談しに来る側だった。ネコもその日を思い出す。カナコが相談しに来た時と同じくらい、暗くて寒い日だった。 「一年くらい前の中途半端な時期に原っぱ中に転入したんだけど、周りはもうグループも出来上がっているし、よく知らない相手に話しかける度胸もなくて。友達も全然できなかった」 「嘘でしょ!」  初めて会った時だってとても親しげに話してくれる人だった。バスケ部の前の部長であるエリナとも親しいみたいだし、そんな話、到底信じられそうにない。カナコの驚く姿を見て、ミナトは笑い、ネコはそのころを思い出してしみじみと頷く。 「だから学校に来てもつまんなかった、だってあそこには僕の居場所がなかったんだから。そんな時、猫又相談倶楽部の噂話を聞いてね」  半信半疑だったけれど、他に頼る相手もいなかったからその胡散臭い噂話を信じてみようと思った。新月の放課後、理科実験室に向かう。引き戸を開けた時、にっこりと笑う先代の部長と目が合った。 「ようこそ、放課後猫又相談倶楽部へ」  部長のすぐそばには、尻尾が二又に分かれている猫がいてとても驚いたのを今でも覚えている。猫又なんて本当にいるんだ! ということが衝撃的すぎて悩みを打ち明けるどころではない。ミナトが言葉に悩んでいると、部長は頬にえくぼを作った。まるでミナトに自信をつけさせるような、力強い笑み。 「その時、部長さんが言ってくれた言葉が今でも忘れられないんだ。『人に悩みを打ち明けることは、自分の弱点をさらけ出すことなのに、来てくれてありがとう』って。まだ何も解決していなかったんだけど、すごく心が軽くなった」  二人と一匹で、どうやったら人の輪に入ることができるのかアイディアを出し合った。まずは授業での発言を増やすのはどうだろう? とか、趣味や好きなものが同じクラスメイトはいないか探してみる、とか。 「まずは、ミナト君のことを知ってもらうことが一番かもね」  アドバイスを信じて、授業では真っ先に手を挙げたし、グループワークの時には率先して課題を進めた。すぐにクラスの中の自分の評価が変わっていくのに気づいた。転入してきた大人しくて話しづらいヤツから、もしかしたら話しやすいのかもしれないヤツ、といった風に。そんな変化を感じ取りながら、休み時間に持ち込んだ好きな作家の本を読んでいると、机のそばに誰かが立った。 「その本、俺も読んだことあるよ。面白いよね」  自分の居場所ができた、その実感がこみ上げてくる。大きく頷くと、彼は目の前の席に座って、彼の好きなシーンの話を始めた。ミナトも好きな場面だったから話は弾む。やっぱり、相談しにいってよかった。もし相談倶楽部の存在を疑って行かなかったら……きっとあのまま、原っぱ中を卒業するまで一人で過ごす羽目になっていたかもしれない。 「そのあと、僕が相談倶楽部の部長になっていろんな悩みに触れあってきた。解決するのも難しい依頼もあったけれど、悩みの根っこはいつだって同じだった。みんな、自分の居場所を作りたくて相談倶楽部に来るんだ」  友達と喧嘩してしまって、仲直りしたい子。  クラスメイトにいじめられて、教室に行きたくないと話す子。  怪我をして部活動を辞めざるを得なくなってしまった子。  みんなそれぞれ、自分の居場所を取り戻そうと、あるいは新しく見つけ出したいと願っているんだとミナトは感じ取っていた。かつての自分がそうだったように。 「カナコちゃん、本当に辞めたい? バスケ部」  自分の本当の気持ちは喉まで来ているのに、言葉にしようとすると口が堅く閉じてしまう。  ネコが顔を上げた。カナコと触れ合った場所から、彼女の気持ちが伝わってくる。それを代弁するみたいに口を開く。 「カナコ、ジョギングの後にバスケットボールを持ってきて、ここで練習していただろう? 私、見たんだ。君はまだ続けたいんじゃないのか?」 「好きなものを自分から取り上げて捨ててしまうなんて、嫌いになろうとするなんて、絶対にしないで。僕たちは君の居場所を、君自身の力で取り戻してほしいんだ」
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