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「カナコちゃん、大丈夫そうだね」
外にいるミナトは立ち上がる。
「試合、最後まで見ていかないのか?」
「うん。もう行くよ。カナコちゃんは居場所を取り戻したけれど、僕はまだ【キレイになりたい】っていう悩みの解決方法を考えなきゃいけないから」
ネコは最後にもう一度、体育館の中を見つめる。再びカナコがボールを持ち、床に叩きつけながら相手陣に飛び込んでいく。その姿にはもう迷いなんてないように見えた。けれど、まだカナコが「もう大丈夫」と言わない限り依頼は続く。だから、彼女が初めに話していた【キレイになる】方法を見つけなければ。さっさと歩いていってしまうミナトの背中をネコは追いかけた。
カナコがコートに入った後、原っぱ中は追い上げたけれど最終的には相手チームが上回り、結局負けてしまった。チームメイトのほとんどが肩を落としているけれど、カナコだけは胸を張って堂々としていた。
「カナコ」
監督がカナコに声をかけた。
「休んでいる間もちゃんと練習していたんだな」
「……はい!」
頭の中に、パッと夕日のような明るい光が差し込む。嬉しくて、監督の言葉に何度も頷く。落ち込んでいたチームメイトたちも、口々に褒めながらカナコを囲む。嬉しくてその輪を見渡すと、ルリがその中に加わろうとしていた。チームメイトたちは気まずそうにルリを避けていくと、カナコへの一本道が出来上がった。
「ルリ……」
彼女の背中は丸くなっていて、自分の足先をじっと見つめていた。二人の間に沈黙が流れる。先に口を開いたのはルリだった。
「あの……ひどいこと言って、ごめんなさい」
その声はとても小さかったけれど、カナコの耳にはしっかりと届いた。謝っているけれどルリのこと、許せるかな? カナコが躊躇っている間も、彼女は続ける。
「私、スリーポイント苦手で、カナコのことずっと嫉妬してて……それで……」
カナコは首を横に振る。ルリがどんなに言い訳をしても、彼女が放った言葉がカナコを傷つけた過去は変わらない。たった二文字の言葉だったけれど、あの時感じた心の痛みがこれから先も消えることはないんじゃないかと思う。
「ルリの事許せるとか、これからも仲良くできるとか、正直わかんない。でも……」
でも、未来なら変えることができる。カナコは周りに漂う勇気のかけらを体に入れるように、大きく息を吸った。
「私はみんなと一緒にバスケやりたいから、私たち、協力していこう」
カナコがそうだったように、きっとここもルリにとって大切な居場所に違いない。それを奪うことなんてカナコにはできなかった。
「……うん」
「今度、コツ教えてあげる。スリーポイント」
「……いいの?」
まだ不安を見せるルリに向かって、カナコは笑みを見せて深く頷いた。協力するための第一歩、カナコは力強く踏み出した。
***
練習試合のことを報告しようと、ジャージに着替えたカナコは理科実験室に向かっていた。戸に触れた時、ネコの笑い声が聞こえてきた。良かった、いるみたい。引き戸を勢いよく開けると、背中を向けていたミナトが大きく飛び上がった。あ、ノックをするのを忘れてた。
「カナコ、いいところに。見てやってくれ」
ネコは口角を思いっきり上げて、二本の尻尾を振り回している。ミナトはバツが悪そうにうつむいていた。カナコは一歩近づくと、彼の前に置かれている鏡を見てぎょっと目を丸めた。
「ど、どうしたんですか! その顔!」
ミナトの瞼は真っ青になっていて、まるで誰かに殴られたみたいだ。カナコが心配して駆け寄ると、体勢を崩したミナトが何かを床に落とした。
「アイシャドウ……? これ、もしかしてミナトさんの?」
アイシャドウのパレットを拾い上げる。よく見ると、その青い瞼にはキラキラとしたラメも混じっていた。
「どうしたんですか、急に化粧なんて……」
「カナコのためだよ」
ミナトの代わりにネコが答える。それに耳を疑ったカナコは「え?」と聞き返した。
「カナコを【キレイにする】ために、化粧の練習をしていたんだ」
「このモデルさんを参考にしてるんだけど、全然うまくいかないんだ」
ミナトがため息をつきながらスマートフォンをカナコに見せた。写し出されているのはモデル・ミアちゃんのSNS。ほっそりしたスタイルと、ハッキリとした色づかいの奇抜なメイクで有名で、カナコも知っている。でも、そのメイクを初心者が真似するのは……とカナコは首を傾げた。
「アイシャドウ使いたいなら、もっとブラウン系とかピンク系とか、肌に馴染む色からの方がいいですよ」
「なんだ、カナコちゃんの方がメイク詳しいじゃん!」
カナコはふと思い出す。これって全部、以前ルリが話していたことを耳にして覚えた知識だ。カナコ自身はメイクしないけれど、勝手に知識として身についていたみたい。ミナトはメイク落とし用のコットンを取り出して、目元のあたりを強くぬぐった。片目だけ真っ青なまま笑う。
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