放課後猫又相談倶楽部

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***  でも【キレイになる】ってどういうことだろう? 翌朝から、ミナトの頭にはその謎でいっぱいになる。例えば、朝の情報番組の化粧品特集。朝ごはんのパンを片手に持ったまま、食い入るように見つめる。目が大きく見えるアイラインのコツ、肌が明るく見える最新のファウンデーション。カナコが相談に来なかったら気にも留めなかったに違いない。  誰かの悩みに触れるたびに、ミナトは新しい世界を見つけたような気分になっていた。いや、それは今までミナトが意識していなかっただけで、この世界に存在していたモノたちなのだ。物事の見方を少し変えただけなのに、ミナトの世界は大きく広がっていった。 ミナトは猫又相談倶楽部で悩み事を聞いたとき、必ず『自分以外の視点』に立って解決するように心がけてきた。今までの自分にとって価値のないと思えるものでも、もしかしたらカナコにとっては値千金の大切なものかもしれない。  化粧品の特集を真剣に見ていたらもう登校しなきゃいけない時間に。パンを口に押し込み、すっかりぬるくなったコーヒーを一気飲みしてからミナトは家を飛び出して学校に向かう。【キレイになる】ヒントは、思いもよらぬところで見つかることだってあるので、たとえ急ぎ足になっても周囲に気を配っておく。でも、通学路では収穫はなかった。ミナトは残念に思いながら教室に入っていく。 「ミアちゃんのSNS見た? メイク、キレイだよね~」  自分の席の近くで、クラスメイトの女の子たちがスマートフォンを囲むように輪になっている。ミナトはその一人から聞こえた「キレイ」という言葉に反応した。ミナトはためらいなくその輪に飛び込む。 「ねえ、何見てるの?」 「あ、ミナトくん! ミアちゃんって知ってる?」  ミナトが首を横に振る。すると、スマホの持ち主は快く画面を見せてくれた。 「モデルなんだけどね、スタイルとかセンスとか、めっちゃいいの!」  そう話すクラスメイトの声に熱がこもる。本当にこのモデルが好きなんだな、とミナトは頷いた。 「うちらも見習わなきゃねー。受験終わったらダイエットしたいな」 「そうそう。めっちゃ太った」 「部活行かないとすぐ太るよね」  みんな口々に「痩せなきゃ」なんて言いながら自分のおなか周りを触れている。ミナトは首を傾げる。 「なんで? みんな全然太ってないけど?」  その言葉に、女子たちは顔を見合わせて笑っていた。ミナトがお世辞で言っているのだと思っているみたいだった。本心だったため、ミナトは「ダイエットなんて必要ないんじゃない?」と付け加える。 「ミナト君、ちょっと違うんだよ」  ミナトの隣に立つエリナという子が首を横に振った。彼女は確かバスケ部に入っていて、他の子に比べると少し筋肉質に見えるけれど、太っていない。 「他の人からどう見られるのかも気になるけどさ、一番は自分から見た時に、自分がどう思うかなんだよね」 「自分が?」 「うん。例えば鏡を見る時にさ、私のこういう所が嫌だなーって思う回数を減らしたいの」  その言葉にミナトは頷いた。確かに、鏡の前に立つとき、男子の友人と話すとき、少し小柄な自分を実感しては「もう少し身長が伸びないかな」と思うことがある。これも【キレイになりたい】という願望のひとつなのかもしれない。  ミナトは彼女たちが話していたモデルのSNSアカウントを教えてもらった。 「いいよー。ミナト君もミアちゃんのファンになったの?」  もしかしたらメイクの方法や服装を真似したらカナコの悩みが解決するかもしれない。けれどそんなことを言ってしまったら、カナコの信頼を裏切ることになってしまう。ミナトは「ちょっとね」と返事をぼやかした。  休み時間。スマートフォンでさっき教えてもらったモデルの写真を見ながら一階の廊下を歩いていると、どこからか「危ないぞ」という注意が飛んできた。先生に怒られてしまう! ミナトはとっさに顔を上げるけれど、すぐに拍子抜けしてしまった。 「すいません! ……なんだ、ネコか」 「歩きスマホは危ないって、そこに書いてあるだろう?」  換気するためかわずかに開いていた窓から、ネコがするりと入ってくる。二本あるはずの尻尾は、今は黒の一本しか見えない。もう一本の白い尻尾は体にぴったりとくっつけて【猫又】であるとバレないように隠していた。黒の尻尾で廊下に貼ってあるポスターをさした。保健室のドアの横には、怪我の防止や健康を守るためのポスターが何枚も貼ってある。確かに、ネコの言うとおりだ。不注意な自分の行為に反省しながらスマホをポケットに仕舞う。ネコを見ると、視線は違うポスターに向いていた。 「何を見ていたの?」  廊下を行き交う他の生徒に不審に思われないよう、あたかも学校に住み着く猫を可愛がっているようにネコの喉のあたりを撫でる。ネコはくすぐったいのか、変な笑い声をあげている。 「んぐふ、ぐふ、ふひっ」  もうちょっと猫らしく鳴けばいいのに、とミナトが思っているとネコがブルブルと体を揺らしてミナトの手を払いのけた。くすぐったくて話もできないらしい。 「あっちだよ、あっちのポスターを見ていたんだ」  ネコの視線の先を見ると、そこには『肥満について』と大きく書かれているポスターが貼ってあった。 「カナコちゃんが太って見えるから【キレイ】じゃないって言いたいの?」  ネコは「おや?」と顔を上げた。ミナトの言葉に、珍しく怒りのようなものが混じっているような気がする。 「痩せることがすなわち【キレイ】になるってことなの?」 「でも、人間の女の子はすぐ『痩せたい』と言うだろう?」  ミナトは、朝の出来事を思い出す。口々に「痩せたい」「ダイエットしなきゃ」と話していた女の子たち。言葉に詰まらせていると、ネコはチラリともう一本の尻尾を見せた。猫又の象徴でもある二本の尻尾。まるで年長者である自分の意見を聞け、と言っているようだ。
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