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「まずは代表的な事から試してからでもいいんじゃないか、と思っただけさ。カナコだって、ダイエットしたいと思っているけれど口に出せないだけかもしれないだろ? それに、彼女、ミナトよりも太っていたぞ」
「ネコって、デリカシーないよね。僕の口からは言いにくいから、ネコがカナコちゃんにそれ言ってよ」
ミナトはネコに背を向ける。
「その代わり、僕は保健室の先生に良いダイエットの方法聞いておいてあげるから」
「あぁ、よろしく頼むよ。私はあの子の調査でも続けておくよ」
ネコはピョンッと窓のサッシに乗って、またするりと抜け出していく。逃げ足も早いんだから、とミナトはため息をつくしかなかった。
***
あの新月から一週間。猫又相談倶楽部から呼び出されていたカナコは、ネコに「ダイエットするぞ」と言われて、あれよあれよと言う間に制服からジャージに着替えさせられた。気づけば、学校から少し離れた河川敷を走っている。走るカナコの足元で、ネコも同じように走っている。ミナトはその後ろを自転車で追いかけていた。
「どうして、こんな目に!」
カナコの叫びは風にさらわれて、真後ろにいるミナトにはよく聞こえなかった。けれど、文句を言っているのだということは伝わってくる。ミナトは自転車を強く漕ぎ、走っているカナコとネコの隣に並ぶ。
「カナコちゃんには自分から説明するって約束しただろ、ネコ!」
ネコは舌をだらりと伸ばして、とても苦しそうに走っていた。カナコの走るスピードについていくのにやっとで、説明している場合ではないらしい。仕方ない。
「僕たちもいろいろ考えたんだよね!」
カナコによく聞こえるようにミナトは声を張り上げる。メイクやファッションについて調べてみたけれど、カナコにどんな服装が合うのか考えれば考えるほど分からなくなっていった。けれど、カナコだって今頃自分がした相談が今どうなっているのか気になっているに違いない。まず、現時点で自分たちが出せる案を形として表した結果、こうなった。
ふと後ろを見ると、ネコが座り込んでいる。ミナトは自転車を止めて、慌ててネコを抱き上げた。疲れ果てているのか、うんともすんとも言わない。ミナトが気になって時計を確かめるともうすでに三十分以上ジョギングをしていた。ミナトがネコを助けている間にカナコはすっかり小さくなってしまっている。ミナトはネコを自転車のかごに入れて慌てて追いかけた。自転車を猛スピードで漕いでいるとすぐに息が上がってしまう。けれど、カナコは違う。呼吸のペースは一定で、走り始めた時と変わらない。
「カナコちゃん、少し休憩しよっか?」
公園が近づいてくる。ミナトがそう声をかけると、カナコは大きく「はい!」と返事をした。へばっているネコもだけど、ミナト自身もそろそろ休憩しないとくたびれてしまいそうになっていた。公園の前に自転車を止めてネコを抱えていると、カナコがふらりとどこかに足を進めていく。その先には自動販売機。甘い飲み物が疲れた体を誘惑する。それに抗うことなく引き寄せられていくカナコを、ミナトが慌てて止める。
「ジュースは駄目だよ、カナコちゃん! 麦茶用意してあるから!」
ミナトは抱いていたネコを一旦ベンチに寝かせる。ジュースを買うことを止められたカナコの唇が、まるで文句を言いたそうにへの字に曲がる。ミナトが用意していた麦茶のペットボトルを渡すと、カナコはそれを一気に半分ほど飲み、大きく息を吐く。ミナトは紙皿に少しだけ麦茶を注いでネコに差し出した。ネコは弱弱しくそれを舐めるように飲み始める。ミナトとカナコはネコを挟むようにベンチに腰掛ける。
「やっぱり、私って太ってるからダメなんですよね……」
ミナトはカナコの体型を横目でチラリと見る。太っていることを否定はしないけれど、肯定もしない。俯くカナコに「ダメっていうことはないと思うんだけど」と、励ますように明るい声を出した。
「けれど、肥満の状態が続くのは良くないことだと思う。保健室の先生から話を聞いたんだけどね」
初めはカナコにダイエットさせることに否定的だったミナト。しかし、その考えは保健室で話を聞いている内に変わっていった。
「太ったままだと、大人になってからの生活習慣病のリスクが上がるんだって。つまり、将来的に健康でいられなくなるってこと」
カナコの望み通り【キレイになる】ためだけじゃなく、彼女の将来までミナトは案じていた。原っぱ中学校を卒業した後、どんな大人になるのか。その時がやってこないとわからないけれど、抱える不安は一つでも減ったほうがいい、痩せたうえで健康的になるなんて一石二鳥に違いない、とミナトは考えていた。
「それはありがたいんですけど、でも、ジョギングじゃなくたって。ダイエットの方法なんていっぱいあるのに……」
カナコの頭には、SNSで見たダイエット方法が思い浮かぶ。夕食をスムージーに置き換えたり、糖質を抜いてみたり。ミナトはそれらの方法を、首を横に振って否定する。
「保健室の先生が言ってた。思春期に過剰な食事制限をするのは良くないって。成長するためには糖質も必要な栄養素なんだって」
無茶なダイエットは心身の豊かな成長を妨げる、と先生が話していた。思春期のダイエットはちゃんと食事を取ったうえで、消費カロリーを増やす。だから、ジョギングみたいな運動は効果的らしい。
「でも、これで本当に痩せるのかな」
カナコが小さく不安を吐露した瞬間、ネコがむくりと起き上がった。
「相談をする者は、解決のための提案を受け入れること。また、解決しなくても相談倶楽部のせいにしないこと」
そう一気に言って、またぐったりと寝そべる。
「あ、今のも猫又相談倶楽部の規則ね。でも、カナコちゃんが相談事を破棄するのは自由だから」
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