放課後猫又相談倶楽部

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 ジャージを着た女の子。カナコはその子を見て、びくりと怯えるように肩を震わせた。 「やっと部活出てくれるの? みんな待ってたよ!」 「あの、その……」 「ほら、行こうよ!」  その子がカナコの腕を引こうとした瞬間、カナコはそれを振り払った。 「ご、ごめん!」  短く謝って、カナコは逃げるようにその場から走り去ってしまう。呆然としているのはカナコの友達らしき子だけじゃなくて、ミナトも同じ。女の子は少し気まずそうに両手を胸の前で握ってから、そっと体育館の中に入っていった。わずかに空いている隙間から体育館を覗こうとしたとき、トントンと誰かがミナトの肩を叩いていることに気づく。驚きながら振り返ると、そこにいたのはミナトのクラスメイト、エリナだった。 「わ! びっくりした、エリナちゃんか……」 「びっくりするのは私だよ。ミナトくん、どうして体育館にいるの? 運動部だったっけ?」 「いや、ちょっといろいろ訳があって」  猫又相談倶楽部のことも、カナコのことも彼女には話すことはできない。 「覗き?」 「ちがう! それは断じて違うから!」  エリナがいたずらっぽく笑うから、ミナトをからかってそんなことを言っているのはわかる。けれど恥ずかしくて、ミナトは穴に入りたくなってきた。 「そういうエリナちゃんは? 三年ってもう部活引退してるはずじゃ」 「高校入ってもバスケ続けたいから、たまに練習に参加してるの。勉強ばっかだと飽きちゃうし。それに……」  笑っていたエリナの表情が、ほんの一瞬だけ曇った。ミナトはその隙を逃さないよう、そして不審に思われないように、柔らかく「何かあったの?」と聞く。 「なんか、二年が揉めてるっぽいんだよね」  カナコの学年だ!  「揉めてる?」 「なんか部員同士で喧嘩したみたいで、一人来なくなっちゃったの」  ミナトはエリナに気づかれないように前のめりになった。その部員はきっと、いや間違いなく、カナコのことだ。 「その子がいないと県大会も厳しいかもなーって心配してるの。早く仲直りしたらいいのに」 「上手なの? その、来なくなっちゃった子って」 「うん。シューティングガードってポジションで、うちで一番得点稼げる子なんだよ! あ、ミナトくん、バスケのルールって分かる?」  体育の授業でやった範囲なら分かる、とミナトは頷く。でも、エリナが今喋ったワードはわからない。エリナは体育館の引き戸を開ける。たくさんのボールが弾む重たい音が何重にも体育館に響き渡っていた。エリナは体育館に入って、コートに立った。バスケットゴールを囲うような半月上のラインの外側に立つ。 「そのラインがスリーポイントラインだよね? そこより外側からボールをゴールに入れたら、三点入るっていう」  ミナトの言葉にエリナが頷く。 「うん。アウトサイドからシュートを打って、一番得点を稼ぐポジションがシューティングガード。部活来なくなっちゃった子って、私よりもスリーポイントシュート上手いの!」  エリナはカナコのことを選手としてとても信頼していたみたいだった。まるで自分の自慢話をするときみたいに、カナコの話が止まらない。ミナトはその話を聞き洩らさないように、少しでも多く情報を得るために、相槌を打ちながら耳を傾けた。  どこにも行く当てがないカナコは気づけば理科実験室にたどり着いていた。戸を開けると、机の上でネコが寝そべっている。どうやら、ここ数日カナコのジョギングに付き合っているせいで関節が痛むようになったそう。 「全く、私のことを何歳だと思っているんだ! 老猫をもっと労わってほしいね!」  ジョギングの時にミナトがそうしていたように、カナコは皿に水を注いでネコに渡す。ネコはそんな文句を言いながら水を舐め、ため息をつく。 「それで、食事にもちゃんと気を遣っているのかな?」 「うん。ミナトさんが教えてくれた通り、まずはサラダから食べるようにしてるよ」  最初にサラダを食べると糖質の吸収が緩やかになって、太りにくくなるらしい。ミナトがそう言っていたのを思い出す。 「そうか。よし、今日は体重計に乗ってみないか?」  ネコのだらりと下がっていた尻尾のうち黒いほうの尻尾が、床に置かれた体重計をさした。ミナトが自宅から持ってきたらしい。たじろぐカナコ。もし痩せていなかったらどうしよう、という不安。自分の体重という現実を直視したくない、逃げたしてしまいたいという臆病な気持ち。しかし、ネコは立ち上がり、迷っているカナコの背中を押すように尻尾を二本ともピンと立てた。 「今のカナコの状態を知りたいんだ。大丈夫。私たちはカナコが結果を出すまで寄り添うから」 「……うん」  覚悟を決め、目をぎゅっとつぶって体重計に乗るカナコ。測定を終えた通知音が聞こえたから、恐る恐る、ゆっくりと目を開く。表示された数字を見た時、カナコは息を吸った。 「どうだった?」  ネコが尋ねると、カナコは勢いよくバンザイをして、体重計から飛び降りる。 「一キロ、減ってたの!」  その喜ぶ声を聞いたネコの表情もパッと華やいでいく。会うたびに暗い表情を見せていたカナコが飛び跳ねて喜んでいる姿なんて初めて見た。ネコは目を細めて、口元には笑みが浮かぶ。
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