ないよさん

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ないよさん

 ないよさんが来る。  深夜のコンビニに来る客のようなものだ。  月に数回深夜のコンビニにあらわれて、毎回レジにいくらかを出す。 「高橋さん」  ないよさんは千円をだしてそう言うと帰っていった。  救急車のサイレンが聞こえる。高橋さんはコンビニのそばに住んでいるんだな。  ないよさんはコンビニに買い物に来る。買い物にふさわしいと思う金額を置いていく。  ないよさんが言った名前の人がコンビニの近所だとサイレンが聞こえる。  高橋さんは多分不幸にあったのだろう。探偵ごっこはやらないそれがコンビニのルールだ。  そんな迷惑な客を私達はないよさんと呼んでいる。  名前はあるかときいたら。 「ないよ」  と答えたからだ。  ないよさんの姿は誰も知らない。来たことと帰ったことは分かる。どんな姿か思い出そうとしても思い出せない。  このコンビニのバイトの条件は通うのに交通機関を使うこと。そして、コンビニの近所にすむひとの名前を見ないことだ。近所に住むのは禁止だ。  ないよさんが置くのはたいてい数千円だ。バイトの一人が安くないかとないよさんに聞いた。 「あまってるじゃないです!いいですいいです!お金払ったからいいですいいです!」  ないよさんは叫んだ。 「あまってねえよ!」  彼は怒鳴る。 「新橋さん」  ないよさんはそう言うと。一万円札を置いた。  ないよさんに怒鳴った新橋君は行方不明になった。  そんなコンビニだから深夜は二人でやる。  色々気にしない人には楽な職場だ。コンビニがなくなるとないよさんが困るという理由から時給も良い。ないよさんが置いていったお金はシフトの二人で割る。  ないよさんが来た。 「中館さん」  ないよさんはそう言うと、三千円置いた。 「ないよさん」 「なんですか?」  私が話しかけると返事があった。 「やめろ」  一緒のシフトに入っていた須藤さんが叫ぶ。 「新橋さんって今どこにいるの?」 「冷蔵庫」  そう言うとないよさんは去っていった。 「わぁぁぁ」  須藤さんが叫ぶ。冷蔵庫からいくつもの人形の手足が出てきたのだ。冷蔵庫の前にいくつもの人形の手足が転がっている。 「ビックリした。まぁこれだけならいいや」  須藤さんは冷静に人形の手足の処分を始めたので私は手伝った。人形の手を見ると新橋と書いてあった。 「忘れなよ」  須藤さんは一言そう言った。  そして一週間たった。  「須藤さん」  ないよさんは一万円を置いた。金額が大きい。 「それはここのバイトの須藤さんですか」  私が聞くと。  ないよさんは私の顔を見た。ないよさんはじぃぃと私を見ている。目の前にいるのに顔と表情を認識出来ない。 「それは困る」  私の言葉に。 「誰ならいいですか?誰ならいいですか?」  ないよさんが聞いてきた。 「店長」  私はそうとっさに答えてしまった。 「ははははははははははははははは」  ないよさんが笑い出した。笑い声が店中に響く。 「あたりあたりあたりあたりあたり」  そう言うとないよさんは消えた。 「まずくない?」  一緒にシフトに入った子が心配そうな顔をする。  まずいことをした。ただどうすれば良かったのか分からない。体が震える。酷い寒気がする。  サイレンが聞こえる。冷や汗が止まらない。  ゴメンナサイゴメンナサイと繰り返した。  サイレンが聞こえる?あれ?もしかして、関係ない店長さんが被害にあった?私達と同じように店長もこの近所に住んでいないからだ。須藤さんも違う須藤さんだったのだろうか?そう自分に言い聞かせる。  当然だが、他人だからいいわけじゃないが、自分の知らない範囲の話だと少し気分が楽になる。気がする。  電話がなった。店長の声が聞こえた。違う店長だと自分に言い聞かせる。 「なんかあったんですか?」 「いや、こっちはなんもないよ。今日は一人でごめんね。大丈夫?」
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