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修行中・1
セコイアの木で作られた杖の先端が、魔術文字を宙に描く。唱える呪文に共鳴し、文字は金色の光を放ち――。
「……雨よ、降れっ!」
杖をクルリと一振りする。
「うわっ!?」
文字は黒く変色すると、パチンと弾けた。
「失敗ね」
「師匠……」
開け放ったベランダの向こうの室内から呆れた声がした。齢200歳を越したばかりの若さだが、天才と名高い彼女はあたしの母方の叔母で、魔法の師匠だ。寝間着兼部屋着として、膝丈までの灰色の長シャツを着ているが、その下には魅惑的な曲線を描く肢体が収まっていることは周知の事実だ。燃えるような赤髪をクシャリと掻き上げて、ソファの上にドカリと胡坐をかいた。
「こーんな初歩でつまづいているようじゃ、先が思いやられるわぁ」
彼女はヒラヒラ手を振りながら、大袈裟に溜め息を吐く。生まれながらにチート過ぎる魔力量を持っていた彼女からすれば、“天候操作”なんて息をするくらい造作なく出来るのだろう。
「う……す、すみません……」
「アクアちゃん、入学試験まで余裕はないのよ。ほらっ、休まない! キビキビ練習っ!」
「はっ、はいっ!!」
そうなのだ。およそひと月後に、初等魔法学校の入学試験がある。そこで最低限の課題を熟せなければ、1年間の浪人生活に突入だ。我が一族の誇りにかけて、浪人なんて許されない。みそっかすのあたしは、伯母の元に預けられて修行に励みながら、見えないプレッシャーと戦っている。
雲一つない晴れた空を見上げ、それから深呼吸。杖を肩の高さまで持ち上げて……。
パチンッ!!
「わあっ!」
「はーい、やり直しー。出来るまで、今日のオヤツ抜きねぇー」
「ひーんっ」
キラキラと木漏れ日の降り注ぐ緑の庭に、雨は一粒たりとも落ちてきてくれなかった。
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