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魔法のクッキー
今日こそ、柾木先輩に告白する!
固い決意で家を出る。手ぶらでの告白は不安だから、甘さ控え目の手作りクッキーを焼いてきた。ネットの人気占いサイトで、「願いを叶える魔法のクッキー」なんてタイトルでレシピが紹介されていた。特別な材料も、もちろん魔法なんて使っていない。種明かしすれば、なんてことのないシナモンクッキーなんだけど。
野球部のエースに、マネージャーがときめいちゃうなんて、よくある話。部活や試合を通じて近くにいるから、告白のチャンスなんて沢山あると思われがちだけど、いざとなったらなかなか踏ん切れない。それはこっちの度胸の問題だって? いやいや。そんな単純じゃないのだよ、世の中は。
「まっ、柾木先輩っ!」
全体練習が終わって、個別練習が終わり、3年生の投手仲間達と部室へ引き上げようとしている背中に、思い切って声をかけた。
「おう。なんだ、山之辺」
タオルで汗を拭きながら、先輩は足を止めた。流れる汗も、ああ……爽やかだ。
「あのっ……か、帰る前に、ちょっとだけ、お時間もらえませんかっ」
「あー……」
緊張で足が震える。頭1つ分背の高い柾木先輩を見上げると、彼は明らかに困り顔で視線を逸らした。
「おっ、山之辺。柾木にコクるのか?」
「やっ、えっ、と、そのっ」
柾木先輩の相方、正捕手の京田先輩が横槍を差し込んでくる。もうっ、邪魔しないでほしいな。元々、こちらの気持ちなんて、周囲には筒抜けだったけど。
「いよっ、モテるねぇ、柾木パイセン」
「いいじゃん、話くらい聞いてやれよ、将真」
「お前ら、面白がってんじゃねぇぞ!」
一緒にいた2年生と3年生の投手仲間が、数歩離れたところから揶揄う。振り返って牽制したあと、先輩は短髪を掻いた。
「山之辺、悪いけどさぁ……」
雲行きが怪しくなる。溢れそうな涙を堪えて、唇を結ぶ。
「俺、巨乳じゃなきゃ無理なんだ」
ぽたぽた。グラウンドに、真新しい水滴が染み込んでいく。
「お前、容赦ねぇなあ」
「かわいそーだろ。山之辺だって、可愛いじゃん」
「じゃあ、お前が付き合ってやれよ、信之介。俺は、悪いけど」
巨乳なんて。自分のペッタンコの胸板が苦しい。
「柾木先輩……」
「ごめんな、山之辺」
「先輩、僕、諦めませんからっ!」
茜色の空の下、遠ざかる背中に向かって、宣言する。諦めるもんか。先輩が引退するまで、まだ半年もある。
ゼッケン番号1、チームを勝利に導いていく、あの大きく頼もしい背中に憧れて、僕は県内唯一の男子校に進学したんだから。
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