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鋼のメンタル
練習試合が終わって、用具を片付ける。柾木先輩の力投及ばず、あと1点が届かずに負けた。確かに相手は強豪校だけど、ライバルに打たれたピッチャー返しをグラブで弾いて……飛んだ方向が不運だった。大きく弧を描いた白球は、セカンドベースの角に当たって高く跳ねた。センターが慌てて追いかけたけれど、それが決勝点になった。
「柾木先輩……」
部員達が着替えを終えて、誰もいないロッカールーム。西日の差す室内に、換気扇の音がカラカラと小さく聞こえる。頭にタオルを被って、ベンチで背中を丸めて俯く後ろ姿に悔しさが滲んでいる。
「ピッチャー返しだから、仕方ない」
「アンラッキーだった」
「練習試合なんだから」
励ますチームメイトの声に気丈に頷いていたけれど、誰にも責められないことが彼自身を責めているに違いない。
「先輩、ちゃんと冷やしてくださいっ」
正面に回って、アイシングサポーターをズイッと差し出す。ケアをおざなりにするなんて、先輩らしくない。
「……山之辺か」
つまらなそうに呟いて、左手でサポーターを掴む。先輩は無造作にベンチの横に置いた。
「僕が巨乳なら、迷わずギュッってするのに」
彼の座高なら、ちょうど胸の谷間に頭が収まる。僕には、そんな方法しか慰める術が思いつかなくて。タオルがピクリと動いた。
「……なんだよ、それ」
「僕は、放っておきませんから。巨乳の彼女が出来るまで、先輩を1人になんかしません」
「巨乳、巨乳って、お前なぁ……」
バサリとタオルが首まで落ちて、面倒くさそうに僕を見上げる。その瞳が充血していたから、思わず両手を伸ばして頭を抱いた。
「ちょっ……やめろって、馬鹿」
「はい。馬鹿なんです、僕」
魔法のクッキーを渡し損ねたあの日以来、なんども気持ちを伝えてきた。その度に断られ続けてきたけれど、僕は諦めないって食い下がり続けている。だって、本気で拒絶されていないから。嫌悪されない限り、僕の鋼のメンタルは決して折れやしないんだ。
「馬鹿だから、こんなことしか思いつかない。どうすれば、先輩を元気づけられるのか分からないんです」
「はぁ……」
大袈裟に溜め息を吐くと、先輩の両腕が僕の腰に巻き付いた。ギュウッと力を込められて密着して……なにこれ。心臓が壊れそう。
「お前じゃ、元気出ねぇなぁ……」
不意に腕が離れ、その勢いのままベリッと身体が剥がされた。1、2歩後ずさり、微妙な距離が開く。真っ赤になった顔が恥ずかしい。
「や、やっぱ、巨乳がいいですか」
「そりゃあ、ナイよりあった方がいいだろ」
先輩は涼しい顔で、アイシングサポーターを右肩に装着する。良かった。ケアが遅れると怪我に繋がっちゃうから。
「同意出来ませんよ。僕は先輩が好きなんですから」
「……俺は、男は無理だぞ」
「分かってます。でも好きです」
「変なヤツ」
傾いた太陽がすっかり落ちて、部室の中に夕闇が忍び込む。僕は蛍光灯を点けると、ブラインドを閉める。暗い部屋で2人切りなんて、あまりにもときめくシチュエーションだけど、僕は焦らない。僕の「好き」は、本気だから。
「柾木先輩、帰り、駅前のラーメン屋に行きませんか。割引クーポン持ってるんです」
「そうだなぁ……」
先輩はロッカーからスマホを出すと、再びベンチにドカリと座り、ポチポチ画面をタップしている。その横顔を盗み見ながら、僕は床をモップで掃いている。彼がシャワー室に行くまで、アイシングの15分間。幸せすぎて泣きそうだ。
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