多分、銀色の蝶の仕業

青天の霹靂

　まだ、信じられない。

　カーッと照りつける夏の太陽。山のような入道雲は、もう消えて……県営球場には、次の第4試合を戦う2校の応援団やブラバンが入り、準備に忙しない。

　滝のような大雨が、雷雲を引き連れてやって来たのは、7回裏。うちの高校が攻撃していた7回表までは晴れていたんだ。そう、今みたく、暑いくらいに。
　突然、涼風がマウンドを吹き抜けた。バックスクリーンの上の大会旗がバタバタと千切れそうにはためいて。難なく2アウトまで取って、あと1つ。ライトフライで3アウトになるはずの大飛球が、風に流されてファールになった。それが合図だった。勢いよく降り出した雨は激しく、野手の姿が見えなくなる程だった。

『選手は、ベンチに引き上げて！』

　審判からの指示で守備から戻ってきた先輩方は、誰も彼もずぶ濡れだった。僕はベンチを駆け回って、皆にタオルと水を渡して回った。観客も応援団達も、一度球場を出て、雨を凌いだ。
　雷鳴が轟き、グラウンドが水浸しになる。内野にはブルーシートがかけられるも、その上に湖が出来た。

「雨の予報なんかなかったのになぁ」

　キャッチャーの京田先輩が、恨めしげに空を睨む。

「このままノーゲームになんて……ならないよな」

　誰かが呟いた。高校野球のルールでは、7回の表裏が終われば、得点差に関係なく雨天コールドで試合が成立する。今、先攻のわが校が5点、相手が4点。2アウト、ランナーなし、1ボール、1ストライク。バッターは下位打線の8番だ。
　あとストライク2つで試合が成立する。でもノーゲームになれば、仕切り直しの再試合だ。当然、ピッチャーにかかる負担は大きくなる。

「柾木。一応、肩作っておけ」

　監督の言葉に、一瞬耳を疑った。地区大会の予選だ。まだエースを投入する試合じゃない。それでも監督の表情は険しく、柾木先輩は素直にブルペンに消えた。

　どしゃ降りは、始まったときのように唐突に止んだ。係員がグラウンドの整備をして、背番号11の林原(はやしばら)先輩が投球練習をする。土を入れたものの、内野は所々ぬかるみ、外野には水が浮いていた。
　中断から30分。観客と応援団が球場内に戻り、試合再開が高らかに告げられた。

　そして――。

『ピッチャー交代。林原君に代わり、柾木君。背番号1、ピッチャー柾木君』

　マウンドの変化と、ぬかるみに足を取られ、信じられないエラーが続いた。2アウト、満塁。打者は2番ながらパンチ力がある3年生、度胸も経験もある。

　フルカウントの8球目――。
　ストレートを粘られ続けて、勝負をかけたフォークボールがキャッチャーミットを掠めて後ろに抜けた。記録はパスボール、同点になった。
　バッテリーに焦りが出たことは間違いない。甘く入ったストレートが捕らえられた。ピッチャー返し。咄嗟に避けるも右肘付近を直撃し、柾木先輩が蹲る。打球は方向が変わり、ショートがカバーに入ったが、3塁ランナーはホームベースを駆け抜けていた。

　骨折は免れたけれど、打撲による負傷でピッチャー交代。試合は10対5で惨敗だった。