少女と街

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少女と街

 少女はこの街が嫌いだった。  この街では、一歩家から出ると、建物から、空から、地面から、……あらゆる方向から光が差し込んでくる。ギラギラしたその光は、少女の幼い目には眩しくて、痛かった。  街の真ん中には建設途上の塔がある。街の中でその塔だけは明かりない。そんな真っ黒い塔が、見るたびにぐんぐん伸びていくものだから、少女はその塔が恐ろしかった。  街の人たちは少女に優しくなかった。  少女がギラギラと光る建物に入ろうとすると「おチビちゃん、ここは入っちゃだめだよ」と、背丈が少女の二倍もあるおじさんに通せんぼされた。  他のギラギラと光る建物でも同じように通せんぼされるので、街の中で少女の居場所は彼女の家くらいしかなかった。  ある日、少女が家に帰ると。一人は知っている女の人で、もう一人は知らない女の人だった。 「おチビちゃん、今日からは私がお母さんよ」  知らない方の女の人はそう言って、少女の手を取った。  この街では子供は、産みたい人間が産んで、育てたい人間が育てるのだ。  新しいお母さんは嬉しそうに少女の手を引いた。前のお母さんは笑顔で少女を見送った。少女だけが笑っていなかった。  少女には名前がない。それは少女だけに限った話ではない。  この街の人々には名前がなかった。  仕事場や学校では便宜上番号を与えられるが、そのほかの場所では、彼らは街の住人以外の何者でもない。  街は住人の幸福のためにあり、住人は街の幸福のために生きる。  ここは、そんな街だ。      
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