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「テツトのおじいさん、あの塔の名前はなんていうの?」
ある時、少女は老人に塔の名前を聞いた。老人はとても物知りだったからだ。
「サイトウさんが焼く、焼き鳥は絶品だ」とか、「アンドリューの歌う曲は、歌詞はいいが歌は下手だ」とか、「アンナちゃんはああ見えて実は29歳なんだ」とか、少女が聞けば、道ゆく人のことを名前付きで教えてくれるのだ。
「タイヨウの塔だ」
老人はしわがれた声で答えた。
少女は最初、この老人の声が怖かったが、今では何でも教えてくれるこの声が大好きになっていた。
「タイヨウ?」
少女は聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「名前にはすべて意味がある」と言うのが老人の口癖だった。
『テツト』というのはとても頭のいい人と言う意味で、『ユリカ』というのはとても凄いものを見つけたという意味なのだという。
だからきっと、塔につけられた『タイヨウ』という言葉にも意味があるのだろうと少女は思った。
「ああ、あの塔は太陽を目指して作っているんだよ。太陽というのは……」
老人はそこまで言うと彼の背後においてあったリュックサックの中を探り始めた。
やがて一冊の本を見つけだすと、少女の前に差し出した。
『タイヨウとアマグモ』
それは表紙に、顔のついたオレンジ色の丸と、白い煙のような絵とが描かれた絵本だった。
少女は本を受け取ろうとしたけれど、老人が本を掴んだままだったので取れなかった。
少女ははっと思い出した。
「ありがとう、テツトのおじいさん」
お礼を言わないと老人は少女を叱るのだ。
少女がおそるおそる老人の顔を見ると、老人は今までに見たことのないほど怖い表情をしていた。
「これは、ワシが昔に描いた本なんだ。だから、だれにも名前がついとらんくくてな……。
……ユリカ、お前さんは悪くない。……いや、本当はだれも悪くなんてない……」
途切れ途切れに言い終わると老人は脱力して、絵本はすっぽりと手から抜けた。
絵本を受け取った少女は、怖い顔で「だれも悪くない……」と繰り返す老人が心配になった。
「……大丈夫? テツトのおじいさん」
怖がりながらも少女は、絵本を胸に抱いて声をかけた。
声をかけられた老人は、はっと気づいたように「お前さんは優しい子だな、ユリカ」と言って少女の頭をなでた。
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