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成瀬さん―――
だとしとも、
なぜ、
うちにいるの?
夏帆は驚きのあまり声が出ない。
昨晩、夢で会えたらと願ったから叶ったのか。いや、これは夢の続きかもしれない、と夏帆は頬をつねってみた。普通に痛い。
ということは、目の前にいるのは
「本物の……成瀬さん?」
「本物?」
意味がわからない成瀬が首を傾げてキョトンとした。
そこへ父親がやってきた。
「夏帆。こちらは成瀬柊慈さんだ」
「し、知ってる…」
あまりにもありえない状況に、夏帆はまだ呆然としていた。
「なんで知ってるんだ?」
「昨日の基地の体験搭乗で一緒になりました」
戸惑う夏帆を横に成瀬がさっと助け舟を出した。
父親も驚いた表情をみせたものの、それならと話をすすめる。
「成瀬が乗っている護衛艦のライフラインが故障して船で生活ができなくなってな。うちの部屋が余ってるから来いよって成瀬に声かけたんだよ」
自衛隊艦艇勤務の者たちには、船の中に居室が与えられており、基本はそこで生活をしている。成瀬はその護衛艦に搭載されている哨戒ヘリのパイロットなのだ。
その船のライフラインが故障とならば仕方はないのだが。
しかし、部屋を貸すなんて大事なことをさらっと伝えてくる父親に、夏帆は文句を言いたくなる。だけど、今は成瀬の手前、大人しくしようと決めた。
「そ、そうなんだ。成瀬さん、大変でしたね」
「船で生活できなかったので、井沢さんに声をかけてもらって助かりました。でも、夏帆さんは急なことで驚かれましたよね、すみませんでした」
洗顔したての爽快感あふれる笑顔で言われると、夏帆はまっすぐ成瀬に視線を送れない。
「そんなことないですよ。うちは部屋も余っているので、大歓迎です」
大人な対応をする夏帆だが、内心は心臓バクバクの状態だ。
(こんな偶然ってある? 昨日、出会った人と、家の洗面所で再会するなんて)
状況に混乱した夏帆だったが、あることに気が付き、一気にリアルに戻ってきた。
それは着込んでいたTシャツ…。
(あ…これは見られたくない。出来ることなら、モザイクをかけたい…)
猛烈に”気合いだ”Tシャツに羞恥心を覚えた夏帆は、胸の前で腕を交差させた。
「夏帆さん、ここ、使いますか?」
「あ、はい」
赤くなる頬を見られないように、夏帆はくるりとタオルの棚と向き合った。そして、背伸びしてタオルに手を伸ばした。
その背後から成瀬の腕が伸びてきて「どうぞ」と爽やかな笑顔と共に成瀬が渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
夢でならと願った人と、朝からこんなやりとりをする自分が信じられない。緊張で夏帆は鼻下に小汗をかいてしまう。
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