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「ずるーい。どんな手、使ったのよ!」
園児が帰り、夏休み前の小湊幼稚園ねぶたの準備の最中のこと。
今年の園のねぶたキャラクターは、子供に大人気のゆるキャラ『ふニャン』。
夏帆はねぶたの和紙をハリボテに貼り付けながら、朝起きたらあのエリートヘリパイ成瀬と同居が始まっていたと真希に報告していた。
「真希ったら『ずるい』なんて婚約者がいる人のセリフじゃないよ」
夏帆は呆れ顔で言った。
「だってあんなに興味ないふりしといて、いきなり成瀬さんと同居ってズルい!」
真希はわかりやすくプリプリ怒ったフリをした。夏帆はそれに気づいて、笑ってしまう。
「うちの父親は自衛官だから、成瀬さんと顔見知りなのも当然だし、そこに船の設備が壊れたときたら、声をかけるのも自然な流れよ」
「でもさ、同居までいく確率はそうそう無いよ。しかも、前日に知り合ったイケメンパイロットとよ?」
「…それは、私も驚いてる…」
昨日からの胸のドキドキを思い出して、頬をほんのり赤らめる夏帆。
突然の同居だが、まんざらでもない夏帆の様子に、真希はにんまりと笑う。
「なるほど。恋愛の神様が夏帆に幸せになるチャンスをくださったのね」
真希は大袈裟に頷いていた。夏帆は更に顔を赤らめた。
「同居っていっても、まだ朝しか会ってないし…」
「でもしばらくは一緒に生活するんでしょ?ちょっとは期待してるくせにぃ」
真希は夏帆の脇腹をつっつく真似をしてくる。夏帆もやめてよ、と嫌がるフリをする。
「ずっとじゃないよ。船が直ったら戻るもの」
「じゃあ、期限付きの同居か〜」
「そうそう」
「でもさ、リミットがあるなら尚更燃えるね!夏帆、ここは頑張って、成瀬さんをゲットだぜっ!」
一人勝手に盛り上がる真希。夏帆だって内心ドキドキだけど、何にも始まってもないのだ。期間限定のため、時間内に恋に落ちるかもわからない。
たしかに成瀬の見た目はパーフェクトだ。さらに人柄まで良しなら、さすがの夏帆もあっという間に落ちるかもしれない。
(でも、成瀬さんの気持ちが私に傾くなんてことがあるのかな)
夏帆は自分にはこれといった魅力はないと思っている。
真希にはお人よしと言われ、押されて付き合った亮介には浮気された。この年になっても、自分の良いところがみつからない。
恋愛の神様がこんな自分を相手にしてくれるのかなと思っているのだ。
「あれ? ふニャンが白ネコになってるわよ」
たまたま通りかかった主任さんが慌てて声をかけてきた。
夏帆と真希は主任に振り向いてから、ふニャンに視線を戻した。
「あれ? ふニャンって白いネコですよね?」
「違う違う、白と薄茶の、茶白ネコ!」
「ええ?」
二人は慌てて原画を確認した。そこにいるふニャンは、右耳が薄茶の模様になっている。
やってしまった、、と二人は顔を見合わせた。
「お手本みながら、正確にはりつけなさい」
「「すみません」」
二人は主任に頭を下げた。ついつい、成瀬の話で盛り上がってしまった。夏帆は頭を切り替えた。
「真希、ここからは集中しよう!」
「そうね! 当日子供たちに、ふニャンじゃないって泣かれるのはゴメンだもの!」
と、真剣に業務に取り組むのだった。
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