countdown 9

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同居して初めての夕食づくり。 気合が入っているわけではない、と自分に言い訳をしながら、夏帆は定時ぴったりに園を後にした。もちろん、夕食の買い出しに行くためだ。 井沢家での食事の担当は夏帆だ。 家の保全管理は父親の役割になっているからだ。このむつ市は早くて十一月下旬には初雪が降り、雪かきが必須な地域だ。だから自然と、家の中のことは夏帆が、外回りは父親の担当になっていた。 なじみのスーパーユニゾンに到着した。 カゴを手に取り、いつもなら迷わず特売の肉や魚、野菜たちをピックアップして買ってゆく。 しかし、今日から成瀬も一緒に食卓を囲むのだ。 同居して初めての夕食は、地元ならではの旬な食材で作ることを夏帆は決めていた。 夏帆は郷土愛もあり、地元の食材には絶対に美味しいという自信がある。 成瀬にもぜひ、むつの味を楽しんでもらおうと思っていた。 ユニゾンはむつ市内では大型スーパーになり、品ぞろえも豊富だ。もちろん、魚も新鮮で選びがいがある。 青森の陸奥湾(むつわん)は帆立の養殖が有名だ。夏が旬なので、コーナーには大ぶりで肉厚な帆立が所狭しと並んでいた。この帆立を手軽に食べることができるのは、地元民の特権だ。 そしてあまりメジャーではないが”そい”という白身の高級魚が、夏帆の中では一押しだ。肉厚で癖がなく、刺身でも、焼きでも、煮付けでも、どんな調理をしても美味しく食べることができる。 (たら白子の味噌汁、帆立のカルパッチョ、”そい”の塩焼き♪) 夏帆は頭の中でメニューを浮かべ、食材をカゴに入れてゆく。成瀬の顔が浮かぶと、自然と笑みが生じてしまう。 父親のための買い物では義務感たっぷりだけど、成瀬のためにと思うと心が弾んでしまう。 ふと、気づくと鼻歌を歌っている自分がいた。夏帆はぴたっと足をとめた。 (私、浮かれてる?) 夏帆は一人勝手に頬を染めてしまう。成瀬と突然の同居、ドキドキしてしまうのは当たり前。何かを期待しているわけではない。 今日の晩御飯だって、これは純粋にお客さまをもてなすためだから。 夏帆は自分で自分にそう言い聞かせた。 よし!と気合を入れて買い物カゴをぐっと持ち直しお会計に向かった。
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