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次の日は土曜日だった。
夏帆の幼稚園勤務は、土日祝日がお休み。艦艇勤務である成瀬も、基本は同じ休み体制だ。しかし、成瀬は急遽仕事が入ってしまい休日出勤の予定だ。
いつもの休日なら八時に起きる夏帆だが、成瀬の朝食のために六時に起床していた。
窓を開け空気を入れかえる。青森も真夏はそれなりに気温が上がるが、朝晩は涼しいので助かる。夏帆は朝の清々しい空気を吸い込み、ゆっくりと吐いた。そして、キッチンに戻ってエプロンの紐を右前にきゅっと結んだ。
「さてと、朝はグリーンサラダに雑穀米パン、マッシュルームとチーズのスクランブルエッグにコンソメスープ」
機嫌よく一人メニューをつぶき、プライパンを取り出した。料理歴も長い夏帆は、食事作りのルーティーンは出来上がっている。温かく提供したいものが出来上がる時間を逆算してその他のおかずを準備してゆく。頭で考えるというより、体が勝手に動くといったほうが正しい。
玉ねぎを細切りにしてきつね色になるまでソテーしてから水を入れて沸かす。
その間にサラダを洗って水切りし、マッシュルームとベーコンを刻み炒める。火が通たら一旦火を消す。成瀬が食べる直前に半熟で提供するためには、卵を投入するのはまだ早い。次にパンをトースターにセットする。
最近は父親の健康も考えて、雑穀パンに切り替えた。父親はもったいないというが、夏帆は健康をお金で買っているようなものだから、もったいなとは思わない。早くに母親を亡くした夏帆にとって、唯一の家族である父が健康でいることがなによりの幸せなのだから。
朝食の準備は時間通りに進んでいった。
「よし。できた」
(あとは成瀬さんが起きてきたら仕上げましょう♪)
夏帆は指差しながらルンルンでお膳を準備した。
「夏帆さん。おはようございますます」
成瀬の朝の挨拶が、夏帆の背中越しに聞こえた。夏帆はドキンと胸打つ心臓に自分でもびっくりしながら、くるっと反転した。目の前にシンプルな紺のTシャツ姿に寝癖のない完璧な成瀬が立っていた。
(ひゃー。朝から爽やかすぎる)
「お、おはようございます」
おぼんを胸の前で抱えて、夏帆は成瀬の顔に見惚れそうになりながら返した。
「朝食、ちょうどできました。食べてください」
「不思議ですね。昨日の夜、あんなに夏帆さんの手料理を食べたのに、朝食の匂いがしてきたらお腹がすきました」
「あ、ありがとうございます。朝はサクッと食べられるメニューにしていますから」
「しかし、手は込んでいる。見ればわかります。有難いです」
成瀬が優しい笑顔で夏帆にそう言った。椅子を引いて席につくと再び夏帆を見上げた。
「ど、どうしました?」
「夏帆さんは、もう食べましたか?」
「いえ、まだですけど…」
「一緒に食べませんか?」
「い、いんですか?」
「いけない理由なんてないですよ」
ははっと成瀬が顔を崩して笑った。その顔をみた夏帆は成瀬がこの家でリラックスしていることがわかった。自分だけが変に意識して緊張していると。
(私、カチコチしすぎている?)
「じゃあ、一緒にいただきます」
夏帆も肩の力を抜き、成瀬と一緒のテーブルに朝食をセットした。
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