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「では、いただきます」
成瀬と夏帆は二人で手を合わしてから挨拶をした。
「スクランブルエッグのこの半熟具合。プロですね」
と成瀬が口にほおぼりながら目を開いた。
「私、卵料理が好きなんです。だから、これは研究しました」
「なるほど。夏帆さんは和食も洋食も得意なんですね」
「より美味しく、でも短時間で。みたいなことを無意識に鍛錬している気がします」
「まるで職人ですね」
「本当に、それです」
夏帆は自分で言って笑ってしまう。
休日の朝、成瀬と囲む食卓。
夏帆が憧れる『家族と温かい食卓』とはまた違うけど、きっと楽しい時間を過ごすという意味では一緒なのかもしれない。
コンソメスープを一匙すくってチラッと上目で成瀬をみる。
(新婚さんってこんな感じなのかな)
そう考えてしまった夏帆の頬がぽあっと赤くなる。成瀬に気がつかれないように、フーフーとスープを冷ます真似をした。
「ああ、今日のコンソメスープは大成功みたいです。いつもより美味しくできてます」
夏帆が満足げに微笑む。
「オニオンをソテーしたんですね。やっぱり手作りは一味違います」
「手作りってわかるんですね。成瀬さんって、料理されるんですか?」
「いえ。母が洋食が得意で。子供の頃はよく横に立って見てました」
「洋食ですか、なんだかすごいごちそうを作ってくれそうですね」
「いえいえ。自分のために作ってくれたものは、梅干しおにぎりでも嬉しくて万歳しちゃいますよ」
成瀬がそう屈託なく笑うと、なぜか夏帆が顔を真っ赤にした。
「どうしました?」
「いえ……、もしよかったらと思って作ったんですけど…」
夏帆はキッチン横に準備していたプティブーケの巾着を取り、そっと成瀬に手渡した。成瀬が不思議そうに中を開くと、かわいいドットピンクのアルミに包まれたおにぎりが二つ登場した。
「船の修理中は食事も提供されないって父から聞いたので、おにぎりを握りました。その…梅干しの」
照れながらモジモジと説明する夏帆。
なぜ夏帆が照れたのかを理解した途端、成瀬が弾ける笑顔を見せた。
「嬉しいです。僕のために梅干しおにぎりを作ってくれて。一応やっておきましょうか」
「え?」
バンザーイと、成瀬は大袈裟ではない程度に両手を上げて喜んでくれた。
「すごい、偶然ですね」
「ですね」
二人は顔を見合わせ笑った。
成瀬との会話は流れるように自然で、気負いも遠慮もいらなかった。
成瀬には何気ない一コマかもしれない。しかし夏帆にとっては、成瀬との期限付きのこの朝食が一生の思い出になりそうだった。
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