countdown 10

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countdown 10

ここは下北半島むつ市。 陸奥湾の内湾沿いにある海上自衛隊小湊基地。 失恋したばかりの夏帆を励まそうと、同僚の真希は半ば強制に、基地で開催されているサマーフェスタのヘリコプター体験搭乗に夏帆を連れ出した。 真希は興奮した高い声でこういう。 「体験搭乗の抽選が当たるなんてラッキーなのよ! ヘリパイが間近でみられるなんて~。すっごいことなのよ?」 その圧に押されながらも、夏帆はうんうん、と頷いて聞いていた。 真希のこの高揚は仕方がない。だって、根っからの自衛官好きだからだ。 二人が住んでいる青森県むつ市には海上自衛隊の基地があるため、街中でも白制服を着た自衛官にで会うこともしばしばある。だからといって望めば自衛官と付き合える、という短絡的な出会いなどないが。 だからこのような催しがあれば真希は積極的に参加するのだ。 ウキウキの真希に少し呆れながら、夏帆は言われるがままヘリに乗り込んだ。 初めて足を踏み入れたヘリの中は簡素な作りで派手さなどなかった。両端に腰掛けが備え付けてあり、指示された場所に座る。 自衛官は短髪の人ばかりだ。勤務中は皆、普段の白制服ではなく迷彩服を着こんでいる。迷彩服を着こんだ人たちに囲まれることなんて日常ではないので、夏帆も少しばかり背を伸ばし緊張してしまう。 夏帆がコックピットに目を向けると、右舷(うげん)側のヘリコプターパイロット(通称:ヘリパイ)が目の前に無数にあるスイッチをカチカチ操作しているのが見えた。そしてこのヘリパイ、横顔がとても端正に見えた。後頭部のラインが綺麗に弧を描いていたからだ。日差しを避けるためのサングラスをかけているから、顔つきまではよくわからない。 (映画で見るのと同じで、やっぱりカッコよく見えちゃうよね) と、制服あるあるを一人思い出し微笑んでしまう。 全員が乗り込みピットがしまった。 ここまでは、夏帆にはなんてことなかった。 本日のむつ市は晴天の絶好の天気。視界は良好である。 いよいよ体験搭乗がスタートする。 ヘリパイが慣れた手つきで始動操作を行う。”スタート”というかけ声と同時にエンジンの始動音が聞こえ始めた。 「きゃーっ、ヘリパイかっこいい~」 と自衛官好きの真希が夏帆の腕にしがみ付き、小声で興奮してくる。 徐々にヘリのタービンの回転が上がっていくのがわかった。 夏帆が搭乗しているのはSH-60J哨戒ヘリ。 護衛艦に搭載されているヘリだ。 ふわりと機体が上昇を始めた。夏帆は体に重力のような圧を感じ始めた。 順調に上昇した機体。視界を遮るものがなくなりそとの景色が一気に変わった。夏帆が小窓を覗きこむと、だだっ広い群青色の陸奥湾が見渡せた。なぜか夏帆の心臓がバクバク音を立て始める。 (ん? 緊張かな? なんだろう気分が変……) 急いで視線を戻し胸に手を当てた。跳ねだした心臓が落ち着くことはなく、夏帆の顔面から血の気がひいていく。 「いやーん。ホバリングしてるっ。ヘリパイかっこいい~」 真希は変わらず黄色い声を出す。もちろんそんな真希は夏帆の変化に気がつかない。 機体は方向を変えた。今度は真っすぐ視線の先に釜臥山(かまぶせやま)の山頂と目が合った。この山の麓の幼稚園に、夏帆は勤めている。普段、この山は見上げるものだったのに。 (今、私、山のてっぺんと向かい合ってるの?) と夏帆が高さを認識した瞬間、眩暈と同時に目の前が砂嵐になり、意識が遠くなるのがわかった。せめて周囲に迷惑をかけないようにと真希にもたれかかるように。 「ちょっと、夏帆?どうしたの?ねぇ」 隣にいる真希の声さえも遠くに聞こえる始末。 そんな中、夏帆は思った。 (あ―。私って、高所恐怖症なのかも) と。
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