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ここは小湊基地の養護室ベッド。
夏帆が貧血を起こしたため、大事をとってしばらく横にさせてもらっていた。
「夏帆って高い所、苦手なんだね」
「そうみたい…。飛行機も乗ったことなかったし、自分でも知らなかった。迷惑かけてごめんね」
「そんなの仕方ないよ。フェスタはまだやってるし、それに―」
と真希が言いかけたとき、救護室の扉が開いた。
真希がすごい速さで振り返った。その人物の認識分析を一瞬で行い、目にハートを作った。
「失礼します。自分は成瀬と申します。体調はいかがですか?」
成瀬と名乗る人物はベットに近づきようやく夏帆の視界にも入った。
迷彩服に身を包んだ、すらっと高身長の清潔感あふれるイケメンだ。
なるほど、これなら真希もハートを作ってしまうと納得した。夏帆はゆっくり身を起こした。
「平気です。ベッドまでお借りして、本当にありがとうございます」
「それは問題ないですよ。搭乗したヘリは揺れました?」
「いいえ、乗り心地は良かったです。高い所が苦手だったみたいで。もう体も戻りました。迷惑かけてすみませんでした」
夏帆が申し訳なさそうに頭を下げた。
「そうでしたか。貧血が回復され良かったです。
念の為、お名前と連絡先を教えてもらっていいですか?」
成瀬はそう言って隣にあるデスクから、用紙とペンをとりだした。その端正な横顔のシルエットを見て、夏帆は搭乗したヘリパイだと気がついた。
「もしかして、ヘリを操縦されていたパイロットさんですか?」
「え? そうです。よくわかりましたね」
成瀬も目を丸く作った。
夏帆は眉を下げて逡巡した。
成瀬本人が操縦者だったので、心配してくれているのだろう。夏帆の貧血は操縦の技術ではなく、高所恐怖症が原因だ。
「あの、けっして、その、成瀬さんの操縦の問題ではないので…余計な心配させてしまって申し訳ないです」
「いえいえ、こちらこそ、気を遣わせてしまいましたね。ありがとうございます」
成瀬のその声色とスピード、柔らかく優しい雰囲気が伝わってくる。多分、普段から温厚な人なんだろうなと夏帆にも容易に想像がついた。
「あ、えっと、名前ですよね。私、井沢夏帆です」
夏帆が名前を伝えると、成瀬が握るペン先が止まった。そして、すっとそのイケメン顔を上げた。
「…井沢さん? もしかして」
といいかけたところに、真希が入り込んできた。
「成瀬さんって”二尉”なんですね!」
「え?あ、はい」
「お年はおいくつですか?」
「26、ですけど」
「26で二尉ってことは……もしかして、成瀬さんて防衛大卒のパイロットですか?」
ちなみに、自衛官は階級ごとに分けられており、着用する制服には必ず階級章を付けている。
成瀬の”尉官”階級は、幹部職である。
自衛官に詳しい真希は、年齢と階級章だけで見分けがつくらしい。
「防大卒パイロット!! 成瀬さん、めちゃくちゃエリートじゃないですか!」
成瀬の周りで小躍りで近づく真希に、夏帆は嫌な予感を覚える。
(このままだと真希が暴走しちゃう。ここは早めに退散したほうがよさそう)
真希が成瀬に絡む前に部屋から連れ出すことにした。ベッドから降りて浮かれる真希の横につき、夏帆は成瀬に向かい合った。
「成瀬さん、大変お世話になりました。ありがとうございました!」
「は、はあ」
あっけにとられた成瀬は口を半分開けたままだった。
と再び丁寧に頭を下げた。そして名残惜しそうな真希の腕をガシっととり、部屋から強制退去させるのだった。
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