3389人が本棚に入れています
本棚に追加
夏帆の頭の中は、冷たくて重い霧がかかっていた。
白戸夫妻とのバーベキューが無事に終わり、今、成瀬と夏帆は湖の周りを歩いている。
さりげなく成瀬が夏帆の手をとって。
ゆっくりと並んで歩く。
二人ともに、言葉を発しない。
成瀬はこの沈黙にも違和感を覚えてはいなかった。
きっと夏帆も成瀬からの告白を待っているだろうと思っていた。
成瀬は明日から船の生活へと戻る。井沢家にお世話になるのは今日までだ。
つまり、明日で夏帆との同居は終了となる。
(告白するなら今日しかない)
成瀬はどう切り出そうかと頭をフル回転させていた。
意を決した成瀬は夏帆の前に立った。そして、夏帆のもう一つの手を取り、両手をしっかりと握った。
夏帆は少し驚いたが、空気は理解しているはずだ。何も言わなかった。
「夏帆さん、好きです。付き合ってください」
成瀬の告白は実にシンプルであった。しかし、それは飾りっけない、実直な性格を表していた。
「成瀬さん…」
夏帆の瞳が揺れる。
「たぶん、同居を始めたころから夏帆さんが好きだった。これからもずっと一緒に居てほしい」
成瀬は包み隠さず思いを伝える。
そんな成瀬を見て、夏帆の瞳に涙があふれる。
「…私もです。成瀬さんの制服姿を見た瞬間から、あなたに恋に落ちていました。そばにいるだけで毎日が幸せで…」
夏帆からの告白を聞くと、成瀬は嬉しそうに目を開いた。
「では…」
と成瀬の顔がぱあと明るくなる。
しかし、夏帆の顔をのぞきこむと一転、困惑した。
「夏帆さん?どうしました?」
夏帆は自覚がないまま涙を流していた。
それは、眉を下げて口を一文字に結んだ、苦しそうな涙。
「…ごめんなさい。自分でもどうしていいのか…わからなくて」
「なにかあったんですか?」
成瀬が心配そうに訊ねた。
夏帆は鼻をすすり上げて答えた。
「思い出してしまったんです。
母が帰ってこなかった日のことを」
最初のコメントを投稿しよう!