countdown 10

7/11
前へ
/157ページ
次へ
夏帆はお酒を買って帰ることにした。 歩きながら進むと、自宅近くの分岐点で足を止めた。 右に行けば亮介の経営しているお店『ファーマー前原』。 左に行けばスーパーユニゾンがある。 お酒はファーマー前原が断然安い。が、夏帆の足は左のスーパーユニゾンを選んだ。 元カレの亮介はいつも営業活動(遊びを含め)をしているが、どういう風の吹きまわしか、突然、店頭に立っていることが年に一~二回ある。夏帆としてはお酒の安さに惹かれて、この年一~二回の大当たりくじを引きたくはない。 今回も迷わずスーパーユニゾンで買い物をした。 自宅に着いたのが十七時だった。 「ただいま」 玄関に父親の靴がないのに気がつき「お父さんもまだ帰ってないか」と一人呟いた。 夏帆の父親は小湊基地で働く自衛官だ。基地で営繕係として働いている。土日は休みだが、本日行われていたフェスタに手伝いに行っているのだ。 「どうせまた集まりで夜も遅いよね」 父親も地元民だ。何かあれば集まって飲み会をしている。しかも、この時期は八月のねぶた祭りに向けてみんなが準備に明け暮れるのだ。変な話、ねぶた祭りの準備のために有給を取ったり早退しても、咎められることはない。それだけ地元民は祭りに命をかける。 七月中旬ともなれば、さすがのむつ市でも日中はクーラーが欲しくなる暑さがある。しかし、夕暮れとともに気温は下がり、過ごしやすくなる。 夏帆は窓を開け、自然の風を取り入れた。ふぅと一息ついてダイニングの椅子に腰を掛けた。 四脚セットの椅子だけど、実際に使っていはりのは二脚だけで、残りは服をかけたり物置きになっている。小さなころから、残りの椅子が使われることはなかった。 夏帆は三歳の時に母親を病気で亡くしている。 うっすらと母親の記憶はあるのだが、正直、アルバムや父親からの話を聞いて思い出が作られていると思っている。結局、男手一つで育ててくれた父の表情だったり、言葉だったりしか記憶がない。 だから、父・母・子が揃って食卓を囲むことに、夏帆は強い憧れを持っていた。口には出さないが密かな夢でもあった。 亮介と付き合っていた頃、彼と結婚して子供を産んでみんな仲良く食卓を囲んで、などという甘い期待もあった。今はその夢から覚めた、というところだ。 いつかは叶えたい夢。誰でも手に届きそうなのに、自分には贅沢品にように手が届かない気がしてならならなかった。 夏帆は無意識に前髪をかきあげて、しばらくぼーっとしていた。 「シャワー浴びてサッサと寝よう」 考えても仕方ないと、夏帆は立ち上がり風呂場へと向かった。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3389人が本棚に入れています
本棚に追加