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時刻はすでに0時を回っていた。
当直室でも眠ることができない男が一人、佳孝だ。
横になっては起き上がり、を繰り返す。
そんな時だった。
外の様子が変わったのがわかった。
佳孝は当直室から飛び出した。
事務所から外に人の出入りが激しくなっていた。
「どうした。何か見つかったか?」
「井沢さんっ、実はっ―――」
♢
闇夜が白ける頃だった。
極度の緊張の反動で、夏帆は深い眠りについてしまっていた。
「…夏帆…さん」
「夏帆さん」
自分を呼ぶ声が聞こえて、夏帆は薄目を開ける。ああ、いつの間にか寝てしまったんだ、とゆっくりと頭を上げると、目の前に白制服の成瀬が自分の顔を覗き込んでいた。
(ああ…成瀬さんが見える…。まさか…)
「………天使?」
「頭に輪っか、ありますか?」
くすっと笑った成瀬の顔。
ああ、この顔も知っていると夏帆の目が一気に醒めた。
「成瀬さんっ!」
夏帆は跳ねるように身体を起こした。
そして、成瀬に力いっぱい抱き着いた。
成瀬は一瞬後ろへと傾くが、しっかり夏帆を抱きとめた。
「成瀬さん! 無事だった! よかった!」
「ただいま。夏帆さん」
夏帆は抱き着いた腕を素早く解くと、成瀬の頬に両手を当てた。まるで生存を確かめるかのように…。
「ケガはしてませんかっ? 寒くはありませんかっ? お腹はすいていませんかっ?」
そんな必死な夏帆に成瀬は余裕の笑顔を作る。
「夏帆さん、大丈夫。大丈夫だから」
「あ…、もう、心配で心配でどうしようかと……」
成瀬の無事を確認できた夏帆の身体の力が抜けてゆく。せき止めていた涙が感情のままに流れてゆく。
「夏帆さんのもとに帰ってきました」
成瀬の腕が涙にぬれる夏帆を引き寄せ、強く抱きしめる。
「視界不良で立ち行かなくなって、緊急着陸です。戻るまで時間がかかりました」
「…よかった…。本当によかった…」
抱きしめられ成瀬の重みを体感することで、本当に成瀬が帰って来たのだと感じることができる。そして、夏帆を埋め尽くしていた不安は溶けだし、安心感が心をおおう。
(成瀬さんは約束を守ってくれた。私もきちんと伝えよう)
夏帆は自分のやるべきことがはっきりと浮かんだ。
成瀬の胸から顔を上げ、涙を指でふき取る。そして、成瀬の瞳をまっすぐ見つめた。
「成瀬さんに伝えたいことがあります」
「なんでしょう」
「私と家族になってください」
「…家族…」
「私はあなたとの家庭を守りたい。疲れて帰ってきたとき、ほっとできる場所。そこを私が守ってみせます」
頭であれこれ考えても答えなんででない。
答えはもっと、純粋でシンプル。
あなたと一緒にいたいという気持ち
成瀬の潤った瞳が揺らぐ。
「こんなに嬉しい言葉はない…。
ありがとう、夏帆」
「夏帆…、って呼んでくれるのね。嬉しい…」
夏帆の瞳から熱い涙があふれる。それを成瀬は目を細めて嬉しそうに指でふき取る。
「柊慈と呼んで」
「柊慈さん…。ずっと前から、今も、この先も大好き…」
成瀬が想うより、夏帆も成瀬を愛している。
夏帆はようやく言葉にして伝えることができた。
感極まっているのは成瀬も同じだった。
愛おしいものを見つめ、何かを我慢している成瀬の瞳。
「ヘリが遭難したとき、一瞬、最悪な場面を想像してしまった。そのときに、強く、後悔した。
なぜ強引にでも、夏帆を奪わなかったのかと」
「柊慈さん…」
お互いに何を欲しているのか、わかっている。
熱を秘めた視線が絡み合う。
「身体は疲れ切っているのに、夏帆が欲しくて欲しくてたまらない」
「それは…私も同じです…」
二人の唇が近づく。
「欲しいものは―――」
「欲しい」
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