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「不時着です。津軽半島、緑地公園。計器関連にも不具合発生あり、一時通信不能になったそうです」
「無事だったんだな。よかった…」
佳孝は当直室から飛び出して、成瀬たちが乗ったヘリの情報を受けた。そして、その報告に安堵し、目頭を押さえた。
それから一時間も経たないうちに成瀬たちは基地へと帰還した。
すでに時刻は夜中の二時を回っていた。
搭乗員たちは寒さ、疲労で疲れ切った表情だった。
佳孝は当直室に戻ると、夏帆に成瀬の無事を報告しようとスマホに手を伸ばした。
その時、戸を叩く音がして、振り返るとそこには成瀬が立っていた。
「成瀬! よかった! 戻れて本当によかった!」
佳孝が駆け寄り、成瀬の肩に手をかけ労った。
成瀬は疲労だけでなく、恐怖もあっただろう。いつもより顔色は悪い。しかし、精悍な顔つきだった。
「井沢さん、ご心配をおかけしました」
頭を下げると、素早く顔を上げた。
「一つお願いがあります」
「なんだ?」
成瀬は直立したまま、まっすぐに佳孝を見る。
「わたしに夏帆さんをください」
それは、突然の結婚申込みの許可取りだった。
「突然、どうした?」
救助されてすぐにでるセリフではないだろう、と佳孝は困惑した。
「今回の遭難ではっきりとわかりました。一日、一秒でも早く、夏帆さんを手に入れたいと」
「成瀬…」
「わたしは夏帆さんを愛しています。どうか、夏帆さんをください」
成瀬は最敬礼で頭を下げた。
不時着というアクシデントの中で、死を意識する場面もあっただろう。成瀬はその中で後悔しかけたのだ。
欲しいのならなぜ夏帆を奪わなかったのかと。
そして自分が何を望むのかはっきり見えた。
待つなんて時間の無駄なことはしない。
欲しいものは自分から手を伸ばして掴まねばと。
佳孝もようやく成瀬の思いが見えた。
きっとそれは夏帆も同じだということも。
「二人とも大事なものは何か、はっきり見えたな。夏帆は頼んだ。成瀬」
「はいっ」
「事故の調査は明日、まずは身体を休ませろとのことだよな?」
「はい」
「なら、家に帰って休め。夏帆が待ってる」
「はいっありがとうございますっ!」
成瀬の頬に色味が戻った。嬉しいそうに戸を閉めると足早に走り出すのがわかった。
滅多に感情を出さない成瀬が高揚する。
それもそのはず。
あとは夏帆を抱きしめるだけなのだから。
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