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子どもというものは、耕三にとって未知の生物以外の何物でもなかった。
妻とはずっとふたり暮らし。
この家に子どもがいること自体、初めてのことだ。
「ねえねえ、会田のおじーちゃん」
「うん?」
「すごい荷物だね。終業式の日みたい」
「その通り。今日は、会社の終業式だったんだよ」
そして、子どもというものは、実に不可思議な生き物だった。
「ねえねえ、きれいなお花だね」
「プリ……なんたらって、長持ちする花らしいぞ」
スーツの上着を脱いでハンガーにかけている時も、もらったものを片付けている時も、ランドセルを背負ったまま、とことこ自分についてくる。
「ねえねえ」
しかしまあ、なんでこうも“ねえねえ”連呼してくるんだ?
“ねえねえお化け”かなにかなのか?
「これ、誰の“おぶつだん”?」
少々げんなりしながら振り返った耕三は、予想外の質問に目を丸くする。
「じいちゃんのお嫁さんのだよ。……それにしても、お仏壇なんて言葉、よく知ってるなあ」
「うちにはね、おとうさんの“おぶつだん”があるんだ。毎朝行ってきます、ってするんだよ」
……思わぬ形で、隣人の家庭環境を知ってしまった。
戸惑う耕三をよそに、少年は仏壇の前に正座する。
「なむー、ってしていい?」
「……ああ、もちろん」
なあ、千佳子。びっくりしただろう?
ランドセル背負った小学生が、俺と並んで正座して、お前に手を合わせてるなんて。
顔を上げた耕三は、壁かけ時計に目をやる。
「そろそろ、お母さんが帰ってくる頃か?」
「うん」
立ち上がった少年は、なぜかしょげた顔をしている。
「お母さん怒るかなあ?“ガクドー”からひとりで帰るから、絶対カギ忘れちゃダメ、って言われてたのに」
「まあ、多少叱られるのは覚悟しておけ」
「うぇー、やだなぁ」
「じいちゃんもついてってやるから、安心しろ。なんだったら一緒に叱られよう」
ぽんと頭を撫でたら、少年はこくんと頷いた。
「……うん」
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