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一緒に手を洗っていたら、翔が無邪気にニコニコ笑って耳打ちしてきた。
「会田のおじーちゃん」
「うん?」
「あのねえ、今日の夜ご飯は、ボクが大好きなハンバーグなんだよ」
「ほう。それは楽しみだな」
「翔、夜ご飯が出来るまでに、明日の支度をしておきなさい。鍵も忘れずにね!」
「はーい」
タオルで手をふいて、翔はまたもぱたぱたと駆けていく。
耕三は、ポケットに入っていたハンカチで手をふいて、居間に入らせてもらう。
テレビボードのすぐ横に、父親らしき男性の写真が飾られた仏壇を見つけた耕三は、キッチンで料理をしている咲子に声をかける。
「咲子さん、ご主人にご挨拶してもよろしいですかな?」
「あっ……はい」
出口さん、はじめまして。
隣に住んでる会田と申します。
翔くんと咲子さんのご好意に甘えて、お邪魔させてもらってます。
もう65のじいさんなので、色っぽい話じゃございません。
……ご安心を。
仏壇に手を合わせながら、耕三は写真の中で笑顔を浮かべる男性に、心の中で語りかける。
「……翔がお話したんでしょうか?」
顔を上げた耕三に、食卓に料理を並べながら、咲子が話しかけてきた。
「私も昨年家内を亡くしておりましてね。……翔くん、きちんと手を合わせてくれたんですよ。いやはや感心しました」
「そうですか……」
左手の薬指にはまっている指輪。
この人も自分と同じように、亡き連れ合いの名残を、まだ外せずにいるのだろう。
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