卒業式の日

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卒業式の日

「私はね、ずっと中学生を繰り返すの」  卒業式の後、親友は言った。  空き教室で、ふたりきりになったときだった。  頭が良くて、運動ができて、どんなときも冷静で、大人っぽい性格だったから、そんな冗談言うなんて、と初めはびっくりした。  どうやら、冗談じゃないみたいだった。 「……それ、どういう意味?」 「そのままの意味。  今日中学校を卒業した私は、すぐにまた中学校に入学する。  記憶は持ったまま、体は中学一年生として。  そうして、永遠に中学生を繰り返すの」 「……永遠に?」 「永遠に」  目を細めて、親友は笑った。  余裕のある笑い方だった。 「……高校には行かないの?」 「行かない。  私の世界に、高校なんてものは、存在しない」 「じゃあ……、一緒に高校生には、なれないの?  ……せっかく、同じ高校になれたのに。  「これからもよろしく」って、言うつもりだったのに」  私の問いに、親友は曖昧に笑った。 「意外と、冷静なんだね。  こんな不思議な話なのに、受け入れるの、早すぎるくらい。  もっと驚くかと思った」 「え? ……そうかな?」  何事もなかったかのように、親友は続けた。 「私は、何度も中学生を繰り返してきた。  そのたびに、友達ができた。  でも、すぐ別れのときがくる。  どんなに仲良くなっても、三年経てばさよなら」  整った顔に、影が宿る。  しっかりしていると思っていた親友が、今は弱々しく見える。  ああ……。 「わ、私は、ずっと一緒だよ」  親友は、力なくこちらに視線を送る。  それはまるで、萎れかけの、花のよう。 「たとえ、もう一緒にいられなくても……。  絶対に忘れたりしない。  一緒の高校に行けないのは、すごく残念だし、悲しいけど。  あなたが永遠に中学生を終えられないのだとしても、私は、私の心はずっと、あなたと一緒にある――」  親友は、私のことを、見つめる。  その後、親友は、笑った。  耳をつんざくような、高笑いだった。 「やめてやめて。腹よじれそう」 「ちょ、ちょっと、え何、どうしたの?」 「知ってるんだよ、私。  全部あんただったんだよねぇ?  クラスのみんなが、私に嫌がらせをするように仕向けたのは」 「……え」 「みんなが私の持ち物壊したり、私をハブったりしてる間、  『私は味方だよ』って顔して、いっつも隣にいたよね。  でも、本当の首謀者は、あんた」 「え、何、何を根拠にそんな……」 「根拠も何も、私聞いてるんだから。  私がいなくなった途端、みんなの輪の中心で、  『こんなにいろいろやってんのに、アイツったら、まーだ涼しい顔してんの。   マジでムカつくー』  ……ってね。女王様気取りのあんたの声」 「……」 「そんなに私が妬ましかった?  人を貶めることでしか、生を感じられない。なんて滑稽なの!」 「……滑稽なのはどっち?」  “親友”の胸ぐらを、掴み上げてやった。 「詩みたいな言葉で、知ったような口聞く、そういうところがイラつくんだよ!!  何をやっても、なんともない顔して成功して。お前みたいなのがそばにいると、私の価値が下がるッ!  本当は、ずっと、大嫌いなんだ。お前のことなんてッ……!」 「……あのさ」 「さっきの顔……、そう、しみったれた顔。  最高だよ。  ずっっと、そういう顔が見たかったんだよ、私は……!」 「……私は好きだよ。あんたのこと」 「……は?」  何言っちゃってんの、こいつ……? 「一、二年のときは、仲良くできるじゃん。  嫌がらせもなく、毎日ただ、一緒に笑って過ごせるじゃん。  なのに、三年になったら、なんでこうなっちゃうの?」 「……」 「三年のときも、あなたが嫌がらせの首謀者だってわかった後から、ずっと考えてきた。  あなたとずっと、本当に親友でいられる方法はないのか」 「馬鹿じゃないの?」  なんか笑えてきたし。 「私はもともと、あなたが大ッ嫌い。ずっとうざいと思ってた。  無理無理、あんたと仲良くなんて一生無理。  てかさ、あんた、一生中学生なんでしょ? ひとりでずっと中学生やってんでしょ? ウケるんだけど。  そもそも無理じゃん、ずっと親友なんて。私はあんたと違って、高校行くんだから。いつの間に、そんなに頭が働かなくなったんだ?」 「……」 「そっかぁ、あんたにはないんだね、未来が。  みんなにずっと取り残されて、ひとり生きてく。  なんて、惨めで、可哀想(かわいそう)――」  次の瞬間、世界にヒビが入り、ガラガラと崩れ落ちた。  暴言を吐き続けた彼女も消え去った。  “親友”だけが、世界から残される。 「可哀想? ……とんでもない。  可哀想なのは君らだ」  無の世界で笑う“親友”は、一体誰の親友だったというのか。 「未来がないのは私じゃない。君らの方だ。  取り残されるのは私じゃない。君らの方だ。  私が世界を巡るんじゃない。世界が、私を巡るんだ」  彼女を、新たな世界が取り巻く。 「今までの世界は今日で崩れ去って、また新たな世界が作られる。  世界は、私のためにあるんだ。  記憶を保持して戻れない君らの方が、よっぽど惨めで哀れでしょう……?」  おかしくてたまらない、と彼女は笑う。  体が泡を出して溶けていく感覚。 「また、中学一年生に戻る。  どうだろうね。今度こそは、君は、  私とずっと、親友でいてくれるのかな。  あはは」  脳内に呼び起こされる記憶。  何度繰り返したかわからない。  入学式の日、何度繰り返したって、何度だって彼女に、親友の笑顔。  何の裏の顔もない、ただただ純粋に、彼女に向けられる笑顔――。  生まれたての世界を、愛おしそうに、狂おしそうになでる。 「これからもよろしく。私だけの世界――」
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