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 後青(こうせい)の都、神放(しんほう)。  私たちが見つめる小さな舞台は、人々が(あわ)ただしく行き()うの往来(おうらい)に面した、ごくありふれた書店である。  よく晴れた昼下がり、書棚(しょだな)にうずもれた(せま)い店の中で、男が二人――やけに難しい顔を突き合わせていた。  一人は中年の店主。ねずみ色の(かんむり)を真っ直ぐにかぶっているが、(しわ)が寄って神経質(しんけいしつ)な顔はもう何年も大笑いしていない風である。 「でもなぁ、(じい)さん。この神放(しんほう)の都で……こんな……こんな、男同士が戦ったり、血みどろの愛憎劇(あいぞうげき)をくりひろげたり、国を復興(ふっこう)したり滅亡(めつぼう)させたり……いちゃついたりする物語がウケると誰が思うかねぇ……それに唯一(ゆいいつ)でてくる女の登場人物は男装(だんそう)麗人(れいじん)ときた……()えないねぇ、」  そして、もう一人は白髪まぶしい仙人のような老人であった。どことなく自信がなさそうで、けれど(まった)くない訳でもなさそうだ。  持ち込んだ冊子(さっし)をなんとか店主に認めてもらいたいと願っているのか、粗末(そまつ)な黒灰色の衣をまとった身体を、すこし前のめりしている。 「店主よ、わしは嘘をつかん。(だま)されたとおもって奥方(おくがた)にチラつかせてみると良い。わしゃ確信しとるんじゃ、この物語は一部の層に確実にウケる……。そうじゃ、血も涙もある、闇も光もある、オチが愛あふれる大団円(だいだんえん)であることがあれば、血みどろの闇深(やみふか)()(わか)れであることもある……そんな物語を切実(せつじつ)にもとめている者たちがおるはずじゃ。わしには聞こえる。もう単なる『末永(すえなが)く幸せに暮らしました』一点張(いってんば)りの結末(エンド)では物足(ものた)りぬ、死にたくなると泣き叫ぶ者たちの苦悩(くのう)が……」
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