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再会
佐々木夏美は、会社の食堂で一人日替わり定食を食べていた。
夏美は、短期大学を出た後、この会社に就職して5年目になる。
仕事は単調な作業が多いけれど、活気のあるこの会社が、夏美は大好きだった。
夏美が食べていると、小走りにこちらに向かってくる人が見えた。
「夏美先輩!ニュースです!」
そう声を弾ませ、サンドイッチの入った袋を掴握りしめながら、夏美の座る机の前に両手をついて、夏美と目を合わせる後輩の沙紀。
不思議そうな顔で見つめる夏美を、沙紀は少し真面目な顔で、
「なんと、あの有名なイケメン課長がここに配属されるんです!」
と、興奮した様子で声を上げた。
すると、近くに座っていた高木課長が、
「おっ!情報早いねぇ」
と優しい口調で言いながら、こちらを見てにこやかに微笑んだ。
そんな高木課長を見て、
「あっ!高木課長、いたんですね!高木課長も同じくらいイケメンです!」
と、憧れの高木課長がいるとは思ってなかった沙紀は、動揺しながらも、思わず伝えたくなって言葉を返した。
高木課長は、今年35歳で独身だ。
憧れる女の子はたくさんいるけれど、恋人はいない時期が多いと、噂話で夏美達は聞いていた。
高木課長は、沙紀の言葉に少し照れくさそうにしながらも、
「確かに、あいつはイケメンだよ。ここの支店は初めてだから、助けてやってな。」
と、沙紀に向かって言葉をかけたあと、夏美を見て微笑んだ。
そんな高木課長の微笑みが、夏美も少し嬉しくて、
「分かりました」
と、笑顔で返した。
沙紀は、夏美の前の席に座り、
「高木課長がいるとは思わなかったです!会えて嬉しいんですけど、変なヤツって思われなかったですかねぇ?」
と、高木課長に聞こえないように、小声で夏美に声をかけた。
そんな後輩を可愛らしく思った夏美は、
「大丈夫だと思うよ〜」
と、少し微笑みながら伝えると、
「はぁ…」
と、沙紀はため息をつきながら、自分の声の大きさと騒がしさに反省をしていた。
ふと我に返った沙紀。
「あっ、イケメン課長情報…」
と小さく呟くと、今度は小声で、
「遠方の支店にずっといた課長なんですけど、仕事が出来て優しくて、二十代で課長になったって、有名なんですよ!」
と、夏美に囁いた。
「そうなんだね〜」
と、あまり興味の無さそうな夏美の反応に、沙紀はため息を付き、
「夏美先輩、綺麗なのに恋とか全然無いですよね〜!…興味無いんですか?」
沙紀は、日頃から気になっていた事を夏美に尋ねた。
「ん〜、無いといえば無いけど、有るといえば有る」
と、少しいたずらっ子みたいな笑顔で夏美が答えると、そんな夏美をチラッと見てから、また沙紀はため息をついた。
「まぁ、恋は押し付けるもんじゃないですもんね…」
そう呟くと、ずっと握りしめていたサンドイッチの袋を開けて食べ始めた。
「パンだけじゃ喉に詰まるよ。ほら、飲んで」
と、自分が食後に飲もうと思っていたカフェラテを、夏美が沙紀の前に差し出した。
そんな夏美の行動に、
「ありがとうございます!夏美先輩は神です!」
と呟いた後、沙紀は嬉しそうにカフェラテを飲んだ。
ランチを終えた夏美が自分の席に着くと、何やら周りが騒がしかった。
「やっぱりカッコ良い!」
「彼女いるのかねぇ?」
と、女性社員達が話している。
彼女達の視線の先を見ると、夏美の上司の小林課長と一人の男性が、立ち話をしている後ろ姿が目に止まった。
身長は175cmくらいだと言っていた小林課長よりも、頭1つ大きい背の高い人だ。
染めてない真っ黒な短髪姿は、清潔感があって、後ろ姿なのに、かっこよさが背中ににじみ出ている様に感じた。
小林課長との会話が終わったその男性が、部屋を出ようと、振り返りドアに向かい歩き出した。
その男性の顔を見た夏美は、胸が痛くなった。
思わず見られないように下を向く。
「…ちがうよね?…あの人じゃないよね…?」
不安が過ぎる。
会いたかった人。
ずっとずっと心の片隅にいた人。
あの人だったら…どうしよう。
夏美が見つめている事に気づかず、部屋を後にした彼の歩く後ろ姿を見つめながら、夏美は不安な気持ちを抱えて、思わず両手を握りしめていた。
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