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気づかれた人
「先輩!今日の飲み会は絶対に参加です!」
夏美は、沙紀から何度となく言われていた。
今日は、部署内の慰労会。
いつもお世話になっている小林課長の発案ともなれば、断れない。
小林課長も、飲み会にはあまり積極的では無かった。
子供のために早く帰りたいと言っていたけれど、本当は部下が上司と飲むのは気を使うだろうとの気遣いなのは、みんなが黙認している事実だ。
そんな小林課長が皆を労いたいからと、声をかけてくれたのだ。
逃げ出さないように、しっかりと夏美の腕を掴む沙紀に苦笑いをしながら、皆の集まる居酒屋へと向かった。
2時間後…。
夏美は、久しぶりのお酒のせいか、記憶を無くすほど酔っ払ってしまった。
「先輩…、大丈夫ですか…?」
少し心配そうな沙紀の横で、机に顔をつけたまま、
「ん…」
と、声にならない声を出す夏美。
離れた席の会社の人達も、お酒を飲みながらも、少し心配そうに二人の様子を見守っていた。
その時、外に一度出ていた小林課長が、男の人を連れて戻ってきた。
沙紀がその存在に気付き、声を上げる。
「え?松田篤史課長?」
そう問いかけると、篤史は優しく微笑んで頷いた。
「え?どうしたんですか??」
周りから嬉しそうに質問する声が聞こえた。
「近くにいたら、小林課長に呼び止められてね。少しだけお邪魔させてもらおうかなと」
と、篤史が答えると、また歓喜の声が湧いた。
賑やかな店内を見回す篤史。
ふと、机にうつ伏せに入っている夏美が目に止まった。
「彼女は…?」
そう問いかける篤史に、
「先輩なんですけど、なんか、呑み過ぎてしまったみたいで…」
と、沙紀が困った顔をして答えた。
すると、突然夏美が顔を上げた。
その動きの速さに、沙紀と篤史が驚いていると、夏美が篤史を見て、
「あっ、篤史君だぁ!」
と、ニコッと笑いながら言葉にして、またパタリと机に顔をうつ伏せて寝てしまった。
「…」
「…」
「…」
誰もが声を出せなかった。
篤史自身も、見覚えのない女性に名前を呼ばれて戸惑っていた。
「すみません!先輩酔っ払ってて…」
と、沙紀が謝ると、
「彼女、名前は?」
と、篤史が問いかけた。
「佐々木夏美先輩です」
沙紀のその答えに、篤史は少し考えて目を丸くした。
「あ…、知ってる…」
そう呟く篤史に、近くで聞き耳を立てていた人達が騒ぎ出した。
無防備に眠る夏美を篤史はじっと見つめた。
しばらくして、
「…歩けないだろうから、彼女は僕が連れて帰ります」
そう篤史が小林課長に向かって声をかけると、小林課長が心配そうな顔をしていた。
その顔を見て、
「以前お世話になった家庭の娘さんで、彼女の自宅も分かるので、安心して任せて下さい」
そう篤史が答えると、小林課長は、
「…わかった。大切な部下だから、ちゃんと送り届けてくれ」
と、真剣な顔で篤史に伝えた。
篤史は、
「彼女を送ったら、小林課長へ連絡します」
そう言った後、躊躇うことなく夏美をおんぶして居酒屋を出た。
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