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タクシーの中
小林課長が呼んでくれたタクシーに乗り込み、夏美と並んで座る。
夏美はドアにもたれながら眠っていた。
その顔を眺めながら、
『冬子に少し似てるな…』
と、懐かしい旧友の顔を思い出していた。
一人で飲みに行こうとしていた時、偶然お店の外で電話を終えた様子の小林課長と会った。
小林課長から、
「皆が喜ぶから、顔だしてやってくれよ」
そう頼まれて入った居酒屋には、呑みすぎたのか、眠ってしまっている女性がいた。
初めは分からなかった。
でも、俺のことを『篤史君』と呼ぶ人は少なく、名前を聞いて思いだした。
冬子の妹の夏美を。
クールな冬子とは違い、大人しいけれど、いつもニコニコしていた夏美が思い出される。
「同じ会社で働いてたんだ…」
ふと気付かされた事実。
色々思い返しながら、夏美を見つめていたら、ふと、夏美の目が開いた。
「起きたか?」
篤史が顔を覗き込みながら問いかけると、夏美は、その篤史の目をじっと見つめ返した。
そして、ニコッと笑って、
「篤史君、だぁいすき!ずっと、ずっと、だいすき!」
と言って、篤史に抱きついた。
固まる篤史に、
「すみません…目的のお宅の前に着きましたけど…」
と、タクシーの運転手が、後ろを振り返らず申し訳無さそうに声をかけた。
篤史は、はっとして、慌てて夏美をドアに持たれかけさせ、
「すみません!ちょっと待っててもらえますか?」
と、タクシーの運転手に断りを入れて、佐々木家のインターホンを押しにタクシーを降りた。
タクシーの外、篤史は降りてすぐ深呼吸をした。
「落ち着け。落ち着け。」
思わず声に出してしまう。
振り返り、タクシーの中を覗くと、すやすやと眠る夏美が見えた。
心が温かくなる。
なぜだか、ずっと見ていたい気持ちが溢れ出したことに戸惑った。
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