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久しぶりの挨拶
目の前の、佐々木家を見上げる。
通っていた頃が、本当に懐かしい。
ちょっと躊躇いながらも、インターホンを押した。
「はい」
懐かしい冬子の母親の声がした。
「夜分にすみません。夏美さんの会社の者ですが、夏美さんが眠ってしまったので送って来ました」
言葉に迷いながら状況を伝えると、慌てた様子で、
「すぐ出ます!」
と言ったあと、インターホンの声が切れた。
夜も遅くなっていたからか、さっきまでは、リビングだけに明かりが付いていたように外から見えていたけれど、今急に家の中の色んな所の明かりがついた。
息を切らした母親が、ドアを開けてくれた。
「すみません!お父さんを起こしてて」
と、申し訳無さそうな顔をした母親に、
「大丈夫です。おばさん、お久しぶりです」
そう篤史が笑って伝えると、母親は首を傾げて篤史をじっと見つめた。
「あら、もしかして、篤史くん??」
と、聞かれて頷くと、
「やだ!こんなに大人になっちゃって!」
と、嬉しそうに母親が答えた。
そんな二人の所に、眠そうな顔をした父親が来た。
篤史は緊張した。
父親とは、冬子と付き合っている時は会ったことが無かったからだ。
「私、松田篤史と申します。以前冬子さんとお付き合いをさせていただいていました。今夏美さんと同じ会社で働いていまして、眠ってしまった夏美さんを、自宅を知っている私が送りました」
息継ぎをしたかどうかもわからないほど、緊張しながらも父親に伝えると、
「篤史くん、ほんと良い子なのよ〜!」
と、母親が父親に伝えた。
母親から、篤史の誠実さを聞いた父親は、
「そうか…夏美が申し訳なかった」
と、篤史に向かい頭を下げた。
父親におんぶをされてもまだ寝ている夏美。
その二人の姿が、家の中に入るのを見送ると、改めて母親が篤史にお礼を伝えた。
篤史は少し言いづらそうに、
「すみません、夏美さんの上司の小林課長が、男の私が送ったことで心配してるかもしれないので、今から電話するので代わっていただけますか?」
と、母親に断りをいれ、小林課長に電話をかけた。
やはり、心配だったのだろう…。
小林課長にかけた電話は、1度目のコールで繋がった。
電話を切った後、母親に別れを告げて乗り込んだ帰りのタクシーの中で、夏美を送った事がはたして良かったのか考えていた。
思い返せば、たくさんの人の前で送ると言ってしまった。
俺はいい。
けど、これで噂にでもなったら、夏美には迷惑かもしれない…。
行きの時の夏美を思い出す。
『…だいすきかぁ…』
きっと、久しぶりにあった兄のようなんだろうか…。
『もしも、そうじゃなくて、恋なら…?』
『いや、冬子の妹なんて、ありえないだろ!』
頭の中がパニックだ。
だだ、分かることは、なんとなく、ほんとになんとなく、夏美が気になる事だけは否定できない事実だった。
『俺!まじで頼むよ!』
タクシーの中、目を閉じて心の中で、これ以上想いが強くならないように願っていた。
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