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1:昔の記憶
「姉さん、今いい?」
無許可の入室禁止、そう書かれたプレートが貼られたドアを叩く。参考書のページをめくる音がしばらく続き、やがて、くぐもった答えが返ってきた。
「すぐに済む用事ならいいけど」
「じゃあ、入るね」
返事があることを確認して、 斎藤真琴はドアを開けた。
姉の利帆は、こちらに背を向けて必死に机に向かっていた。今にも崩れそうなほどうず高く積まれた参考書は、年季が入っていて既にボロボロだ。
貼りすぎた付箋で膨れ上がり、端々も千切れている。使い込んでいるのだから当然だった。
「夜食のカップラーメン、ここに置いとくね。お母さんが、絶対に合格するのよだってさ」
返ってくる言葉はない。ノートにペンを走らせる音だけが、肯定を意味していた。
第一志望の大学の受験日まであと一ヶ月をきっているせいか、利帆はいつにもまして焦っているようだった。
問題集を繰りながら夜更かしする日が増え、やがて毎日となった。食事さえも自室で摂るようになり、どんなに少ない隙間時間でさえも惜しむ。
真琴は、勉強机の側の小さいテーブルに、持ってきたカップラーメンを置いた。お湯を入れたばかりだから、零しては大変だ。とは言え、平坦な置き場を見つけられるほど、姉の部屋中を埋め尽くす勉強道具は少なくなかった。
姉は、必死だった。目標に向かって血を吐くほどの勢いで進み続け、努力と自己研鑽を繰り返す努力の人。
──それが、志望校の合否発表日までの彼女だった。
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