2:斎藤 真琴

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 あのとき──知らない町でうっかり黒い戸建ての敷地内に入ってしまった真琴は、あまりの恐怖に、振り向くと同時にへたり込んでしまった。  懐に手を突っ込んだ、ガタイの良い黒服の男3人とその奥に悠々と立つ銀髪の青年。怒りに細められた瞳の中に宿る殺気すらものともせず、姉は彼らに立ち向かったのだ。  雄叫びとともに姉の放った拳が、黒服に躱されたところだけは見えていた。  先ほどまでの少しわがままなだけの少女は、もういなかった。しっかりと掴まれていた左手を握りしめる手はなく、座り込んだ体を支えるために、アスファルトに押し付けられている。  呆然としたまま、何もできなかった。  荒い呼吸と激しい鼓動、震える腕、手のひらに突き刺さるコンクリートの凸凹だけが、姉の豹変を示していた。    あとは、今にも殺されてしまうんではないかという不安と恐怖で、記憶が曖昧だ。  突然殴りかかってきた少女に怯えたわけではないのだろうが、その後、黒服を引き連れた青年は退散したらしい。私のおかげね、と姉は胸を張っていたが、真琴は不安でいっぱいだった。そんなように思う。    ***  帰宅したのは夕方だったか、それとも人通りの絶えた真夜中近くだったか。  家のドアに鍵を差し込んで回した途端、内側から勢いよく開き、顔を真赤にして眉間に深いしわを刻んだ母と、顔面蒼白な父に迎えられた──ような、気がする。  引きずり込まれるようにして、母に腕を掴んで居間まで連れて行かれた。あまりの剣幕に気圧され、何が起こったかをすべて話した後のことは、本当に記憶がない。  翌日に父親から聞いたのは、昨日の夜から母さんずっと怒ってて、まだ落ち着いてないみたいだ、だからあまり刺激しないように。  それだけだった。
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