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3:芽生えた
不機嫌なまま、真琴は帰路についていた。あからさまな夕陽でもない、真昼にも近い太陽が肌を焼く。とはいえ、少しはぬるくなっただろうか。そう思わせるほどに、ほんの少しだけ柔らかい日射しだった。
前を歩いていた小学生の後ろ姿が遠ざかり、ランドセル姿が小さくなっていく。ベビーカーを押す若い女性に追い越され、喋りながらいっしょにスマホを覗き込む同じ制服の女子生徒らにまでもぬかされた。
自分の足取りが相当重いことに、今さら気づく。
この頃は、とにかく家にいることが憂鬱だった。一日中娘を叱り続ける母親、生気のない姉、それらには関心がないとでも言いたげに見て見ぬふりをする父親。
自分も、傍観者のひとりだ。当事者になる気はさらさらない。だからこそ、一歩踏み違えれば、あの暗い混沌の中に巻き込まれないという危険性を孕んだ家が──息苦しかった。
心の底から安心できるような、安らぎの場所が奪われてから既に久しい。
最近はよりいっそう、そんなふうに感じるのだ。
数日前、うっかり脱衣所で姉と鉢合わせた。服を脱ごうとしていたところだったので、すぐにドアを閉めたものの、細い背中にいくつもの痣が浮いているのを見てしまった。
あの時の衝撃は、忘れられない。
そんなことが家の中で起こっているというのに、自分は何もできない・・・・・・いや、しないのだ。
改めて、己の臆病さと卑屈さを、具体的な形で目の前に叩きつけられたような気分だった。
***
真琴が家に着いてから、数時間が経った。そろそろ夕食の時間だろうか。部屋に籠もったまま、真琴は机の上に教科書を広げていた。ただし、目は落とさない。
まだ芽を出さないパイナップルセージの植木鉢に、じっと注意を向けている。
そんなときだった。
不意に、無遠慮なノックが2回され、ドアが開けられた。スーツ姿の父が、ネクタイも緩めずに疲弊した顔を見せていた。
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