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その日は、珍しく雨が降っていた。灰色の空から、アスファルトの地面を穿つかのように叩きつけられる大粒の雫。
ずぶ濡れになって帰ってきた真琴は、家のドアを開けると同時に、重苦しい空気が垂れ込めているのを感じた。また、姉が母に叱られでもしているのだろうか。
その怒りの矛先が、どうか自分に向かないでほしい。利己的な考えが心中を埋めていくのを感じながら、真琴はそろそろと玄関に上がった。細い廊下を抜けて階段を登り、突き当りまで進むと、右側に手を伸ばす。
ドアノブを掴み、自室の中に入ると、ふと見慣れないものが目に入った。机の上に置かれた植木鉢、そこに変化があった。
パイナップルセージの芽が出ていた。
「あ・・・・・・いつの間に」
真琴はつぶやくと机に近づき、そっと植木鉢に触れた。朝にはまだ芽生えていなかった緑色の双葉が、今は凛々しく土の上に立ち上がっている。
薄緑の葉は、ふっくらとした表面を見せててらてらと照明の光を反射させていた。土の黒色の上ではいっそう映える若葉の色が、真琴の目に焼きつけられた。
この芽は、自分が発芽させたのだ。自分のおかげで誰かがこの世に命を受けることを体感し、新しい生命が生まれ落ちるのを間近に見たことで、真琴は言いしれぬ感動が心中に広がっているのを感じていた。
心のなかに火が灯された。はっきりとそう感じる。
「──すごく、綺麗だ」
真琴は、植木鉢をそっと両手で包んだまま思わず座り込み、夢見心地でささやいた。
誕生とは、なんと素晴らしいのだろう。恍惚とした悦びが、真琴の心中をいっぱいに満たしていた。
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