4:姉の願い事

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4:姉の願い事

「──は?」  口をついて出たのは、そんな裏返った声。言っている意味が理解できず、脳の情報処理が一時的に停止したかのような感覚だった。 「何言ってんだよ・・・・・・それ、どういう意味で」  声帯に力が入らない。覚束ない問いを投げかける真琴の視界は激しくぶれ、ぼやけていた。 「そのままの意味。殺して。私を綺麗に、跡形もなく・・・・・・もう耐えられないのよ」  ──お母さんに叱られるのも、お父さんに冷たい目で見られるのも。  再度繰り返された願いに、真琴は思わず後ずさろうと手足を動かした。しかし、下半身を両足でしっかりと挟み込まれているせいで、動くことができない。  体をずらそうとも試みたが、頭頂部が机の脚に強く押し付けられるだけだった。 「真琴にしか、頼めないの」  階調と音階を極限までにとりはらった言葉は、幽霊に出会うよりも、何倍も不気味で。  もう傷跡を隠そうともしていない。姉の肌には無数の青痣と赤い切り傷が刻まれ、白い皮膚が誰かの怒りに食い破られそうになっていた。  黒黒とした瞳が、じっと真琴を見据えていた。凍える夜闇を塗りたくったその色に、背後へ逃げようとしていた足がすくむ。  生命をもった人形がいたら、いつかこんなことを願ったのだろうか。そんなことを思わせるほど、ガラスのように無機質な目だった。  彼女が望むものを、自分が与えられるのか。いや、自分にできるのか。  冷や汗がシャツの背を濡らしていた。  ああ、彼女の脳を、彼女自身を巣食っているのは──死への願望だ。 「お願い、真琴」  何も宿していない真っ黒な両眼に見つめられて、真琴の中の何かが切れた。躊躇が瞬時にして吹き飛び、頭の中が真っ白になった。  何も考えられない。彼女を、綺麗に消してあげること以外、なにも。  美しい(ぬばたま)のビィドロ2つ、消し去るように、手を伸ばす。
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