35人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
「ちょっと待って」
姉の肩を掴み、真琴は声を絞り出した。無表情な姉の顔が、ぐらりと揺れた。
「待って、姉さん・・・・・・ダメだ。そんなこと」
大きく肩を震わせて呼吸を繰り返しながら、真琴は手を震わせた。体が震えているのを自覚していた。
視界がぼやけている。水滴が頬を伝い、止まらない。
「真琴・・・・・・なんで泣いてるの」
姉の声が、ぼんやりと耳に届く。死を望む彼女の懇願に、殺してほしいと願う彼女の言葉に、自分では答えてやることは出来ない。
なぜなら──
「やめて、姉さん。僕にそんなことを頼まないでよ、今の僕に・・・・・・まだなんの準備もできてないんだ、姉さんを殺すために」
その言葉に、真琴の肩を掴む手がわずかに緩んだ。心なしか、姉の両眼の奥が少しばかり明るくなったような気がしなくもない。
姉の細い手首を両手でそっと包み込み、真琴は片方ずつ彼女の手を剥がしていった。
姉の体の下から抜け出してよろよろと立ち上がった。ぎこちない動作で、姉は畳に腰をおろした。
心臓の奥まで突き抜ける、2つの暗い硝子球。それが真琴の目を貫いた。
「・・・・・・準備するから待ってて。必ず、綺麗に殺してあげる」
ささやき声にわずかな悦びを滲ませて、真琴は硬い笑みを浮かべた。視界の隅に、発芽したパイナップルセージの芽を捉える。
放置された壊れかけの人形のように、破れそうな一枚の絵画のように──姉は、なんの反応も示さなかった。
最初のコメントを投稿しよう!