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「準備、できたよ」
必要なものを隠し持ったまま、真琴は部屋に戻った。後ろ手にドアを閉めると、少しも動いた様子のない姉を見つめた。
「・・・・・・殺してくれる?」
「ああ」
そう答えるが早いか、真琴は利帆の体を抱き寄せ、持っていたガラス瓶の中身を彼女の口に注ぎ込んだ。飲ませたのは、ガラス瓶に入った透明な液体だ。時折光の当たり具合によって、水色の煌めきが現れている。
水よりもさらりとした真珠色の液体が、姉の口内に泳ぎ入り、喉を通って体内を満たしていった。
青白かった顔が宙を仰ぎ、手足が痙攣を始めた。意味のないうめき声が、悲鳴のように低く漏れている。真琴は片手に持っていたガラス瓶が空になると、それを後ろに放り捨てた。
白み始めた空の向こうに昇る朝日が、ガラス瓶を通して、白光を室内に降り注がせた。
瓶の落ちる鮮やかな音が、真琴と利帆の背後に音高く響いた。
「さよなら、姉さん。あなたはもう、ただのサイトウ リホだよ」
静かに真琴はささやいた。
腕の中で、目を剥き泡を吐いて痙攣する姉を、よりいっそう強く抱きしめる。激しい息が、不規則にぜえぜえと室内の空気を震わせている。
真琴が飲ませた液体は、「姉」を殺す薬だ。
飲んだ者の神経と脳に影響を及ぼし、完治不可能の記憶障害を及ぼす劇薬。ひとたび摂取すれば、海馬や前頭葉を中心に悪質な障害を残すのが特徴だった。
酷い場合には、今までの記憶をすべて失い、斎藤 利帆という人格そのものが封じ込められてしまう可能性もある。
そのための、薬だった。
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