4:姉の願い事

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 ようやく、利帆は落ち着き始めた。喘息に近かった呼吸も一定のリズムを取り戻し、手足の震えも収まってくる。  何度かまばたきを繰り返すと、彼女は、真琴の腕の中からゆっくりと顔を上げた。  助けを求めるような視線がきょろきょろと周囲をさまよい、やがてぴたりと真琴を見据えて止まった。 「・・・・・・な、なに・・・・・・だれなの。あんた」  弱々しい声で、利帆は問うた。真琴のことを忘れているのだ。真琴がそっと手を離すと、利帆は怯えた顔で素早く後ずさった。  こわばる背筋にも、緊張した面持ちにも、既に利帆は宿っていない。 「こんにちは、サイトウ リホ。僕の名前は真琴。君の弟だ」  大仰な仕草で、真琴はお辞儀をした。安心させるような微笑みを浮かべて、彼女の恐怖をとこうとするように。  「まこ、と」  ぼんやりとした視線が真琴を捉えると、幼子のようにつたない言葉が、口から漏れ出た。 「おとうと・・・・・・わたしの、弟」  瞬時の恐怖が少しずつ消え去り、やがて表情が抜け落ちていく。気づいたときには、警戒心に満ちた目がこちらを睨んでいた。  真琴の知る利帆は、もういない。そう悟った。  ──彼女を殺すことに成功したのだ。  しばらく真琴のことを睨んでいた彼女は、まだ眉間にしわを浮かべながら、そろりそろりと横にずれていった。足が本棚の隅にぶつかった途端、ぎょっとした様子で飛び退く。  一方で真琴は、彼女にどう声をかけるべきか考えあぐねていた。   今の彼女は、何もわからない状態だ。へたに情報を与えすぎては混乱するだろうし、危険性を感じれば言うことを聞かない可能性もある。  何をどう話すか、逡巡していた。  不意に、彼女は一点を見つめたまま静止した。視線の先にあるのは、倒された一脚の椅子だ。しばらく椅子を凝視した後、彼女は感情の読めない瞳を真琴に向けた。  彼女は、奪われることを恐れるかのように、素早く椅子に手を伸ばした。 「待っ──」  瞬時に脳内を駆け巡った予感に、真琴はとっさに叫んだ。    しかし真琴が利帆を止めるより早く、彼女は、勉強机の傍らに倒れた椅子の背を掴んだ。
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