4:姉の願い事

6/8

35人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
 真琴は、高ぶる興奮を必死に抑えていた。  ──私を、綺麗に殺してちょうだい。  姉にそう頼まれ、準備をしてくるから一旦待ってほしいと、部屋に待たせた後だった。心臓が高鳴っているのを感じた。口元に浮かぶ笑みを止められなかった。  「綺麗に」殺してもらうこと。姉は、それを望んでいた。そうと決まれば、手立てはもう決まっている。  自分は、これから姉を殺す。そう、それは生物学的なことではなく、概念的に。そうだとしても、彼女は確実に死ぬのだ。 「姉さん・・・・・・いや、利帆さん。ありがとう、綺麗に殺してほしい、だなんて願ってくれて」  息を荒げながら、真琴は明かり代わりのスマホを片手に、忍び足で階段を下りていく。真っ暗な家のなか、両親ですら起きていない。草木も眠る丑三つ時、起きているのは自分と姉だけだ。 「俺は昔から、姉さんのことが苦手だった・・・・・・今もそうだ。あんたと関わることは、俺にとってそう心地いいものじゃない」  軋む音ひとつ、たててはいけない。決して露呈してはいけないのだ。姉の死までの、その道のりは。  探している薬が、この家にあることを真琴は知っていた。昔のことゆえ記憶は曖昧だが、大凡の位置は覚えている。 「姉さんといっしょに、一度だけ遠くへ行ったことがあったよな。でももう中学生だったっていうのに、2人だけで出かけるのが、少し怖かったんだ」  この家は古く、そして値が張る。裕福だった祖父母から受け継がれてきた持ち家だから、買った当初の値段は、今の真琴たち一家だけでは到底手が出せないほどに高額だった。  それは、この家に── 「あんたは、俺の部屋に入るのを禁じられていた。あんたは、単独で出かけることを許されていなかった。それが正しかったし、そうあるべきだった」  かつて、盗み見た光景。その記憶を頼りに、真琴は足を進める。 「そうであっても、あの願いは嬉しかったよ。まさか姉さんから、殺してくれって懇願してくれるなんてさ。苦手な人からの頼みであっても、自分の望みが叶うって素敵なことだろ?」  台所に足を踏み入れ、スマホで中を照らし出す。コンロの前でしゃがみ込んだ途端に、ぎしりと音が鳴った。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加