5:泡沫のように

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 ──こっちも、曲がりなりにも家族の命がかかってましたからね、かなり手荒な形で止めることになってしまいましたけど。  総合格闘技やってる主人がなんとか抑え込んだものの、そうでもしなきゃずっとウチの子を殴り続けてたはずよ。 「危ないからどこか矯正施設にでも隔離した方がいい、か・・・・・・」  電話口で夫人に怒鳴られた言葉を、彼は反芻していた。  一家を支える父親として、これを放置するのはあるまじきことだ。しかし、親戚から善意で引き取ったのも事実であった。  暴力性をおさめて更正させ、まともな人間にするには、やはり夫人の言っていた通り、手荒な手段に頼る他あるまい。  だが、そういった施設に入れるにはいささか懐が寒いのと、そして何よりも、それだけでは不安──というのが、彼の心中であった。  そこで彼は、仕事の伝で聞いたある薬品に賭けてみることにした。  彼の務めるキリマキ製薬会社の社長は、きな臭い噂を持つ薬品にも詳しい。一度だけ同席した酒の席で、酔った拍子に聞いた話だった。    その劇薬は、あまりにも強い効能と悪影響を人体にもたらすため、国内では流通していない。  だが、海外での使用例はいくつかあり、数少ない事例では、証拠隠滅のため、人の記憶を消すのにも使用されているというのだ。  当然、表では手に入れることができない。しかし、「裏」ならば──。  誰も後悔せず、後腐れなくことを解決するには、手段を選んでいられい。  確かに、噂の出処は胡散臭い。しかし、全員が傷つかずに済む方法があるならばそれを選びたかった。  どちらにせよ、このままでは誰かが本当の被害者になりかねない。起こり得る事件を未然に防ぐための、最後の一手だ。 「悪いな、利帆。全部お前のため──いや、お前のせいなんだよ」
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